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山田ズーニーのガチ編集コメント
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月23日15時点の作品にコメントしています。
いちばん印象に残ったシーンが、スラりんの葬儀。ヘルの捧げる純粋な想い、透き通っていく空気、そこに花。カァァーァアと棺が光った時、私の中の何かも一緒に...
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*6月23日15時点の作品にコメントしています。
いちばん印象に残ったシーンが、スラりんの葬儀。ヘルの捧げる純粋な想い、透き通っていく空気、そこに花。カァァーァアと棺が光った時、私の中の何かも一緒に昇華された想いがした。すーっ!とした。シリーズ化されるなら、毎話、この昇華というか、身のうちにあるわだかまりがすーっと成仏していく感覚をぜひ味わいたい。
人には「想い残し」がある、とこの作品に気づかされた。日々生きていたって、「あの卒業式の時にはこうしたかった」「あの誕生日のお祝いではもっとこうしてあげてれば」と、想い残しはある。ましてや、いよいよ人生終わりとなったら、亡くなった人も、残された人も、両方に「想い残し」がつのり、両者の悔いがせめぎ合ってやるせなくなる。だから、鎮魂。葬儀では、死者にも残された者にも、魂を鎮める「何か」が要る。
「弔うとは、なにか?」
「弔いにとって、花を手向けるのはどんな意味があるか?」
この作品から、そんな問いかけをいただき、ずっと考えていた。私なりに考えて思ったのは、弔いとは、「想いきる」ことだと。死者にも、残された人にも、「想い残し」があり、このままでは成仏できない・させられない。そこで、死者を想う。残された人は、ただただ純粋に死者を想う。故人に通じたかどうか確かめるすべはないが、それでも、もう充分だ、相手に届いた、と感じられるまでひたすら想う。想うことをやりぬく=想いきる。そこで、想い残しを断つ=想い切る。
そして、「花」は、想いの表現だ。人は見えない想いをカタチに表したい生き物だ。カタチとして自分の目に見せ、まわりに見せ、故人に見せる。表現することで想いは昇華される。
弔うとは、という深い問いを秘めた作品。人間界でない、異世界から、人として問われるからこその発見や気づきがある。毎回の発見がたのしみだ。
卒業課題リンク
尾ばた しょうご
2021/6/26
+5
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山田ズーニー
2021/6/26
ガチ編集
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*6月24日4時点の作品にコメントしています。
人生の窮地に、お姉ちゃんが来て、美味しいごはんと、何よりお姉ちゃんの生き方そのもので自分を救ってくれる。こっちまでコツコツと満たされ、温かくなった。
...
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*6月24日4時点の作品にコメントしています。
人生の窮地に、お姉ちゃんが来て、美味しいごはんと、何よりお姉ちゃんの生き方そのもので自分を救ってくれる。こっちまでコツコツと満たされ、温かくなった。
私には姉がいる。ある日、姉の愛は、妹の愛とは決定的にちがうんだと気がついた。姉は、妹が赤ん坊としてこの世に生まれてきたときから、ずっと妹を見てきているということだ。だから半分親の気持ちが入っている。これは妹にはない。
この作品でも、妹は「お姉ちゃん5年間どうしてたんだろ?」だけど、姉はきっとちがう。妹を忘れた日はなかったはずだ。だから彼氏と住まいが分れても、妹と生活をともにすることを選んだ。妹と住むことも、妹にごはんをつくることも、お姉ちゃんにとって自分(姉自身)を満たす行為なのだ。もし、ここで、妹に寄り添えない人生を選んだなら、それで妹になにかあったら、お姉ちゃんは一生後悔したろう。
母の呪いはキツイ。「いい大学、いい会社、いい人を選べなきゃ人生終わる」。お姉ちゃんはその呪いを、自分のつくるごはんと、ごはんを通して自分の生き方を見せることで、コツコツと解いていった。理屈で妹を説得しなかったからこそ、妹は自らお姉ちゃんの真意をつかみにいくしかなかった。それがよかった。自分からつかみにいったからこそ、お姉ちゃんのメッセージがしみたんだろうなあ。敷かれたルートを降りても、人生は終わらない。たとえ親から勘当されても、楽しく生きられる。呪いは解けた。さあ、これからどう生きようか、視界がぱあっ!とひらける読後感。
姉が語らないので 私は食べることにした
福々ちえ(ふくふくちえ)
2021/6/18
+37
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
じーーーん。すごくしみた。私は近頃よくこう思う、「忘れられないのは、自分が恋焦がれた人ではない。自分を愛してくれた人だ。」 若い頃はなかなか気づけな...
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
じーーーん。すごくしみた。私は近頃よくこう思う、「忘れられないのは、自分が恋焦がれた人ではない。自分を愛してくれた人だ。」 若い頃はなかなか気づけなかったが、歳を取るごとに私はそう思う。だから、陽太が最期に想う相手が、自分を無条件に愛し続けてくれた美月だったことに、深く共鳴した。直前まで恋していた神谷でも、かつて恋した和田でも決してないのだ。
そして後悔。陽太は、美月の想いを踏みつづけていたことに(好きにならないよと言って)、死の間際になって気づいて、ものすごく後悔する。人は、自分の気持ちと、自分が恋する人の気持ちは、必死に追う。だけど、自分に無条件の愛を注いでくれる人の気持ちは、空気のように扱って、見ようともしない。陽太が生涯で初めて、美月のことを本気で想い、深く傷つけていたことに気づくシーンは、とても揺さぶられた。私自身の後悔も鳴った。
「人生の最期に想う人はだれですか?」
これは、いま、自分が一番大切にすべき人をあぶり出す問い。だから、どんな人にも重要だ。地球に向かう宇宙船でじっくりと死をむかえるという、主人公がじっくりと自分の想いをあぶりだすバツグンの設定が素晴らしい。自分の本当の想いを知り、その本当の想いを表現しつつ迎えた死。切ないけれど、それまで自分らしく生きることを制限してきた陽太が、最後に、陽太として、陽太らしく、生をまっとうしたと思う。
テーマ「バディ」のマンガを約80〜160コマ程度(16〜32P)で描く
しーたか
2021/7/4
+15
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月23日16時点の作品にコメントしています。
寂しいがこうじて、愛の飢餓がゆきすぎると人は鬼になる。すごく核心を突いていると思う。「鬼化した人間と、闘うか? 愛で癒すか?」は、私たちの現実にも...
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*6月23日16時点の作品にコメントしています。
寂しいがこうじて、愛の飢餓がゆきすぎると人は鬼になる。すごく核心を突いていると思う。「鬼化した人間と、闘うか? 愛で癒すか?」は、私たちの現実にも響く問いだ。職場でも、家庭内でも、友だち関係のなかでも、愛の飢餓から鬼化した人はいる。そういう鬼と、どう向き合っていったらいいのだろうか。たとえば職場でパワハラ上司を、みんなで勇気を出して闘って排除したとしても、上司は根は良い人で、寂しかったのではないか、というような揺らぎは残る。みんなで協力して愛で満たしたとしても、それは改心させるために意図的に与えた愛であり、一時のものではないか、上司はその後も自立して愛を得て生きて行けるのか、というような揺らぎが残る。闘って殺す玄馬と、愛で癒す鬼一。どちらにも唯一無二の才能があり、どちらにも限界がある。鬼一の愛は、殺人で自己を満たすタイプの鬼には通じない。鬼に2通りあるという解釈が、たいへん面白い。愛への欠乏から鬼になる人間と、殺人によってこそ唯一自分は満たされるという鬼と。異質な才能と、異質な限界を持つ2人。果たして2人は補い合うのか。それとも、どちらかのやり方が主流になり、片方は敗北感を抱くのか。はたまた、これまでのやり方と全く違う新しいやり方が2人の化学反応によって編み出されるのか? この先の展開がとてもたのしみだ。
【卒業課題】狭間世代の英雄
しのと(コルクラボマンガ専科用)
2021/6/26
+29
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
私もお父さんの料理を想い出した。ピラフをつくってくれた。米から炒めてつくる本格的なやつでエビがはいっていて、あれだけはおいしかった。海で働いていた父...
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
私もお父さんの料理を想い出した。ピラフをつくってくれた。米から炒めてつくる本格的なやつでエビがはいっていて、あれだけはおいしかった。海で働いていた父が、職場の調理人に教わったらしい。私の父は変わり者で、私の思春期頃から父とは、どんどん話さなくなった。話せばケンカになっていたけど、あのピラフだけは、言葉ではない父の内面が伝わってきたし、通じ合えた。「親父のフルコース」、こだわりのコース料理かと思ったら、息子の大好物のフルコースだったことに、じーんとした。お父さんの想いがひたひたとしみてくる。人と人はこうして、料理で想いを伝え、受け取り、料理をはさんでポツリポツリと会話も生まれてくるんだなあ。そうして、距離ができた家族も、いつのまにか再び心かよいはじめるんだなあ。いままで、私の父を想うと、いろいろ哀しい記憶とか、父に対してよい娘ではなかったことの罪悪感とかでいっぱいになって、想い出すのが辛かったけど、この作品に、温かな心かよった記憶を引き出してもらった。そんな私のような読者も多いのではないか。この作品を読んだ人の今日の食卓は、昨日より温かい、と私は思う。
親父のフルコース
ぼちゃ
2021/6/27
+14
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
「一緒にうまいもの食べて、腹割って話せればもう家族」という言葉に、ほっと肩の力を抜けた。すごく自由になった。「家族のようなつきあい」と言うとき、そこ...
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
「一緒にうまいもの食べて、腹割って話せればもう家族」という言葉に、ほっと肩の力を抜けた。すごく自由になった。「家族のようなつきあい」と言うとき、そこに込めている想いは、人によってすごくちがうんだと、この作品に気づかされた。「家族のハードルが低すぎ」というセリフが朗らかに心に響いた。そう、私たちはもっと家族のハードルを下げてもいい。なんでいままでそういうふうに考えられなかったのかと思う。幸せな家庭が得られなかった人は、家族に幻想を抱きがちで、無自覚に家族のハードルを上げ過ぎて、自分で苦しむ結果になる。主人公もその傾向がある。いや、主人公だけではない、いまひとり世帯がこんなに増え、ひとり親家庭もとても多いのに、まだまだ、現代の多くの人が、ひと時代前のホームドラマのような家族幻想にとらわれている。だから恋人や友だちとの距離が近づいたとき、家族的な関係を求めたら、裏切られた、というようなことも起こる。家族的な関係とは何か? 正解はないけれど、私たちも、ミッシェルのように、もっとシンプルに、もっと必要最低限の定義をしてみてもいいと気づかされた。そこから試行錯誤していけばいいと。家族の最低限のハードルの1つ、「うまいものを一緒に食う」の「うまいもの」を、無限に生み出してくれるミッシェル、最強のバディだ。ヒロトさんとマキさんのゲストハウスに有って、OliveHouseに欠けているものは何か? それを、これから主人公とミッシェルが、どうつかんで、どう家族的な関係を構築していくのか。読んでいる私たちも、そこに住んでいるような感覚で読み進められて、家族観も再構築していけそう! 続きがとても楽しみだ。
【卒業課題】OliveHouseへようこそ(32P)
兎月メイ
2021/6/27
+6
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山田ズーニー
2021/6/26
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*6月23日16時点の作品にコメントしています。
「いるとかいらないとかじゃねぇだろ、お前は、道具じゃなくて、人間なんだ」ズドーン!と響いた。凄い説得力だ。これを道具自身に言わせたことが素晴らしい。...
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*6月23日16時点の作品にコメントしています。
「いるとかいらないとかじゃねぇだろ、お前は、道具じゃなくて、人間なんだ」ズドーン!と響いた。凄い説得力だ。これを道具自身に言わせたことが素晴らしい。まさにメディア力、「何を言うかより誰が言うか」だ。人の意志によって使われる道具、単体では活躍することができないし、いらなくなったら捨てられる。だから道具は決して自分のために生きることを許されない。そんな道具に、「自分のために生きりゃいいだろ」と言われたら何も言い返せない。早く死にたい主人公が、道具に諭されるという設定が素晴らしい。読んでる私自身も人間に生まれ、自分のために生きられる自由を、いまさらのようにかみしめた。もっと道具を手入れしようと思った。手入れを続けていれば、やがて道具が語りかけてくる。道具にしか言えないこと、道具からしか聴けないことがある。「さびて使えなくなっても大事にするから」「いやさびる前に研げよ」、最後のかけあいまで、いいなあ!
ばあちゃんからもらった包丁に付喪神ついてた
宇宙野悠
2021/6/28
+32
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山田ズーニー
2021/6/26
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aoteen 蒼井アオ 「サマーブレイク」
*6月23日昼時点の作品にコメントしています。
せいいっぱい愛した愛された。切ない別れにもかかわらず、読後感がすがすがしい。悔いなく今を精一杯生きた、愛...
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aoteen 蒼井アオ 「サマーブレイク」
*6月23日昼時点の作品にコメントしています。
せいいっぱい愛した愛された。切ない別れにもかかわらず、読後感がすがすがしい。悔いなく今を精一杯生きた、愛しきった、という感覚が読者の中にも残る。片思い3年、フラれたその日にはじまったふたり。だから、主人公自身も、「これは恋なのか、それとも弱った自分が単に優しさを求めているだけなのか」自分の気持ちに確証はなかったはずだ。だからよかった。確証がなく、不確かだからこそ、主人公は、片思いの人へのような執心がなく、ノアには無防備に自然にありのままになれたんだろうな。恋人同士かどうかを確認することも将来の結婚の約束もない、だからこそ、打算もない慢心もない。曖昧に咲いた花のような関係だからこそ、ずっと純粋に愛しきれたのだと私は思う。人は皆、いまの純粋な想いに忠実になることは恐い。相手を想えば手放さなければならないかもしれないし、したたかに計算高く生きた方が勝ちと囁く人もいるだろう。けれど、純粋に愛しぬき愛された記憶は、こんなにも爽やかで、その先のふたりを生かすんだ、とこの作品に学んだ。いまの気持ちに正直になって、純粋に人を愛する勇気をくれた作品。素敵だなあ。
卒業課題「サマーブレイク」ネーム
aoteen
2021/7/28
全コメ
山田ズーニー
2021/6/25
ガチ編集
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*6月23日時点の作品にコメントしています。
「才能の喪失」というテーマが、たいへん響いてすごく印象に残った。圧倒的な才能を持ち、その才能に依存して、名声を得てきた人間が、ある日突然才能を失ったらど...
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*6月23日時点の作品にコメントしています。
「才能の喪失」というテーマが、たいへん響いてすごく印象に残った。圧倒的な才能を持ち、その才能に依存して、名声を得てきた人間が、ある日突然才能を失ったらどうなるのだろうか。
一つは、「喪失感」。高みに登りつめそこから墜落した人間の痛みは、凡人には計り知れないものだ。しかし、この作品は、渋谷の喪失感がひしひしと胸しめつけるように伝わってくる。天才ならではの喪失感を、どんな人にもリアルに、通じるように描いているところが素晴らしい。谷本さんとのやり取りをはじめ、具体的に、幾通りにも、染みるカタチで喪失感が表現されている。この喪失感にとても揺さぶられた。
そしてもう一つ、「天才は、才能を失ったら、ただの人、ではないのではないか?」という問題提起がされている。ここがこの作品のとても面白いところだ。例えば、藤井聡太がある日突然、将棋の能力を吸い取られたら、ただの人、ではないのではないか。将棋史を塗り替える天才にしか見ることのできなかった景色、たくさんの試合をした経験、カラダの感覚は残っている。それは確実にその後の人生に影響すると私は思う。失った才能だって、未来には、もしかしたら将棋AIポナンザが補ってくれるかもしれない。そうなったとき藤井聡太がその後の人生をどう送るか、ものすごく興味がある。つまり、ネコソウジキが奪えないもの、そこにこそ、天才が天才である正体があるんじゃないか。そんなことをこの作品に考えさせられた。
生まれつき絶世の美女だった人が事故で美貌を失う、天才スポーツ選手が怪我でスポーツができなくなる、神の手と言われた脳外科医が高次脳機能障害で手術ができなくなる、このマンガの主題は、世の中の多くの人に必要とされている。
才能が空洞になってしまっても、天才しか見られない風景を生きた経験は残りつづける。それは、やはり凡人とは違う発想、闘い方、命の使い方となって、その後の人生に影響する。渋谷が、もう才能に頼れないからこそ、初めて、限られた命をどう使うか=「使命」を考えるようになったことは感動的。そしてその命の使い方も。才能が空洞になった元天才の第二の人生、つまり、この作品の続きに私は大変興味がある。
卒業課題 エンプティサイキック
muteki
2021/7/6
+25
全コメ
山田ズーニー
2021/6/22
ガチ編集
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
恐かった。戦慄を覚えつつ、読み進めるのに躊躇した。嫌悪(誉め言葉です)するほど恐かった。自分はなぜこの作品が恐かったのか?と考えて、「ディストピアで...
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*6月21日16時点の作品にコメントしています。
恐かった。戦慄を覚えつつ、読み進めるのに躊躇した。嫌悪(誉め言葉です)するほど恐かった。自分はなぜこの作品が恐かったのか?と考えて、「ディストピアでいちばん恐いもの」が、ここにあるからだとあとでわかった。
切れば蜜がしたたるような甘いキャラクターの魅惑、ミウとミトの豊満な魅力は天国感。しかし、舞台は救いようもないディストピア、ミウとミトがやってることは残虐のきわみ、だから頭が混乱する。蜜に魅かれ、おびき寄せられて、ついつい我をわすれ足を踏み入れていったら、とんでもないところに来てしまった。
「このままここに足を踏み入れてしまって、
自分の何かがひらいてしまったら、いったい私はどうなるのか?」
そんな想いに躊躇しつつ、しかし、先が気になって固唾をのんでスクロールする自分が恐かった。すべての存在はシステムに制御され、異教のシステムに憎しみと殺意を抱くよう宿命づけられている。そこには、言葉のチカラも、愛も、祈りもとどかない、まさにディストピア。「sed Qui me defended? Ab me terribilissimo ipse. (けど、誰が守ってくれるのだろう? 一番恐ろしい自分自身から)」そんな歌の歌詞が浮かんだ。
「けど、誰が守ってくれるのだろう? 一番恐ろしい自分自身から」
ディストピアで最も恐ろしいもの、それは「自分自身」。この作品に私が覚えた戦慄は、そこだ。
ミウとミトと終末のマグノイア(32Pネーム)
まこしー(@macosee2)
2021/6/27
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