コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんが、長年温めてきた漫画の企画を「おすそ分け」してシェアするこの連載企画。
※企画背景についてはコチラ→『このアイデア、作品にしませんか? 編集者・佐渡島庸平の企画のおすそ分け、始めます! 』
12月の企画テーマは、「感情が強く動いた瞬間」。ものすごく強い感情が生まれた(生まれたであろう)瞬間を見つけ、その感情を最も有効に伝えるための物語をいかにして紡いでいくか。「瞬間の感情を軸にする」というアプローチでのマンガのつくり方として、具体的な企画を4つ紹介しています。
「自分の死に様を自分で決断した」そのときの感情は?
3つ目となる今回の題材は、「ガンと診断された祖母が『一切の治療をしない』と決めた瞬間」。佐渡島さんの実体験から生まれたものです。
佐渡島さんが高校3年のとき、家族そろって食事をしていたときのこと。ガンで闘病中だったある親戚について、その治療や看病の話をしていました。家族全員が心配するなか、祖母ははこんな風に言いました。
「ガンぐらいで大騒ぎしないで、さっさと死ねばいいのにねぇ」
その場にいた佐渡島少年は、祖母が発した強い言葉に(なんてひどい言い方をするんだろう)とひっかかりを覚えたそうです。
しばらくして、祖母自身にガンが発覚。家族が知ったときにはすでにガンはかなり進行していて、治療の施しようがありませんでした。
そこで何かがつながりました。
(家族で食事をしていたあのとき、おばあちゃんはすでに自身のガンを知っていたのではないか。自身の体内でガンと共生していたのではないか.......?)
祖母は、最愛の伴侶であるおじいちゃんをガンで亡くしてもいたから。
では、ここからの企画ネタにつながる詳細は、佐渡島さんにバトンタッチします!
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佐渡島:これは僕が実際に体験したことから、イメージが広がった企画です。
ガンになった祖母にとっての夫、つまり僕にとっての祖父は、30代でガンが見つかりました。そこから30年~40年間ガンと闘病しながら生きて、最期を迎えたんですね。
祖父の40年もの闘病生活を祖母がサポートする様子を僕も見ていましたが、祖母が祖父のことを愛していることは、伝わっていました。
祖母が亡くなって遺品を整理していたとき、祖父母が若かった頃のラブレターが出てきたんですよ。祖母が祖父へ贈った手紙の最後は、「あなたのよっこより」と毎回締められていた。孫の僕は当然ながら、祖母を「おばあちゃん」の一面しか知らないし、名前が「よしこ」であることも意識していませんでした。
だから、ラブレターを読んだとき急に、あの食卓での祖母の発言が思い出されたんですよ。
そして、あのとき祖母は、自分もガンであるともう知っていたのではないか。自分もガンだから、ガンで苦しむ親戚の人間に対して、あんな強い言葉を吐いたのではないかと思いました。
もしかすると、ガン宣告をされたときの祖母は、自分がガンになったことをうれしいと思ったかもしれない、とも。
すべてぼくの推測ですよ(笑)。
祖母が医師からガンと診断されたとき、すぐに治療すれば治る段階だったかもしれないと思うんです。でも祖母は治療せず、放っておくことを自ら選んだ。
なぜ放置したのか。祖父にとってガンというものは、妻である祖母よりも親密に接していた存在だったわけですよね。祖父は40年間もの間、体の中にいるガンと連れ添ったわけですから。
祖父をすごく愛していた祖母は、「夫がガンに対してどんな気持ちを持っていたか知りたい」と長年抱いていた可能性がある。そしていざ自分がガンだと分かったとき「愛した相手と同じ病気になれてうれしい」と、幸せだったかもしれません。
それで祖母は、「自分はこのガンという病で死のう」と決めた。
ロマンチックがすぎる想像かもしれないけど、ガンの治療をせずに、ガンを自分で飼うと決める人の話を、その決めた瞬間を描いてほしい。
「人がどういうふうにして死ぬか決める瞬間」ともいえるかもしれないですね。
体内のガン細胞を「わたしの体の中に黒い猫が住んでいる」などと喩えながら、ガンを飼いならすように付き合う女性の話として、ずっと興味がありました。
自分が高校生のときに起きたことだから、小説で描けたら面白いなと自分でも書こうとしたけれど、うまくいかなかったんですよね。編集者をしていても、こういう感情を描いてくれるといいなぁと思う作家が、自分の周りでは今のところいないんです。
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漫画家の人は、自分の経験の中で、感情がすごく動いた瞬間を探してください。その瞬間の感情を過不足なく伝えようと思うと、前後の説明が必要になるはずです。その説明が、実は物語です。その瞬間を効果的に伝えるの必要ない情報は、どれだけ面白い情報でも余分となります。
まずは、自分の経験を深掘りしてみてください。
聞き手・構成/平山ゆりの @hirayuri &コルクラボライターチーム
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