コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんが、長年温めてきた漫画の企画を「おすそ分け」としてシェアするこの連載企画。
※企画背景についてはコチラ→『このアイデア、作品にしませんか? 編集者・佐渡島庸平の企画のおすそ分け、始めます! 』
12月の企画テーマは、「感情が強く動いた瞬間」です。ものすごく強い感情が生まれた(生まれたであろう)瞬間を見つけ、その感情を最も有効に伝えるための物語をいかにして紡いでいくか。「瞬間の感情を軸にする」というアプローチの物語の立て方として、具体的な企画を4つ紹介しています。
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『万葉集』に存在する「よみ人しらず」。
3つ目となる今回の題材は、「万葉集を編纂したと目される大伴家持(おおとものやかもち)が、『よみ人しらず』の歌を、万葉集に収録すると決めた瞬間」です。
日本に現存する最古の和歌集である『万葉集』。名前だけは知っている方も多いはず。
7世紀後半から8世紀後半にかけて、天皇、貴族から一般庶民にいたるまで、様々な身分の人々が詠んだ歌が4500首以上も収録されています。
日本人の心の原風景に触れてみたいと、関連する書籍が発売されたり、歌の内容を学ぶテレビ番組が放送されたりと、現代においても多くの人々の興味を惹きつける万葉集。
その万葉集に『よみ人しらず』の歌が掲載されていることは、ご存知でしょうか?
『よみ人しらず』とは、字のごとく、詠んだ人がわからないということです。
天皇をはじめ、国の中枢にいる権力者たちが深く関わっている万葉集に、誰のものとも分からない『よみ人しらず』の歌が、なぜ掲載されたのかーー?
万葉集を編纂したと目される大伴家持がこの決断を下した瞬間にこそ、物語として描かれるべきドラマがあるのはないかと、佐渡島さんは言います。
では、企画ネタの詳細を、佐渡島さんにお話していただきます!
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あえて『よみ人しらず』にした?
佐渡島:日本最古の和歌集である『万葉集』。ほとんどの人が国語や歴史の授業で名前くらいは聞いたことがあると思います。
この万葉集には、『よみ人しらず』の歌が多数掲載されています。
では、万葉集を編纂していたと目される大伴家持が、歌を詠んだ人達を本当に知らなかったのかといえば、どうやらそうじゃないらしいんです。
あえて、『よみ人しらず』にしたのではないかと。
日本の和歌が好きな僕の知人がいて、『よみ人しらず』の歌って、読み手の名前はわかっているのに『よみ人しらず』としか記すことができなかった歌だと教えてくれたんですね。
では、なぜ『よみ人しらず』としか記すことができなかったのかーー?
それは、彼らが朝廷の政敵として葬られてしまった人達だからです。
大伴家持も万葉集の編纂を任されるくらいなので、文化人としては高い地位にあり、国の中枢にいる権力者たちと親交があったことは容易に想像ができますよね。
そして、当時は飛鳥や奈良時代。勢力争いが頻繁に起こり、その争いに敗北することは朝廷の政敵として葬られる運命なわけです。大伴家持の親友も争いに巻き込まれていたでしょう。
彼らが実現させようとした政(まつりごと)に、大伴家持も賛成していたかもしれない。でも、争いに敗れ、自分の親友たちが朝敵として殺されることになる…。その時、大伴家持は身がすくみ、見殺しにしてしまった...。
その罪の意識を大伴家持は心の中にずっと抱えます。
彼らのために、自分にできることは何かないのか.......?
そう考え抜いた末に行ったのが、彼らの詠んだ歌を万葉集に『よみ人しらず』として掲載することだったのではないかと。
勢力争いに勝利し、国の中枢を握っている権力者も、いつか全員死んでいく。そして権力者達が敷いた政治の仕組みも、また新しい権力者によって全部塗り替えられていく。
でも、この万葉集はきっと残り続けて、100年後、1000年後の人々にも届くかもしれない。
彼らが生きた証をここに残そう。彼らの心の美しさをここに刻もう。この万葉集を一生日本に残る歌集に編纂して、後世に伝わるものに仕上げたい 。
そう思いながら、大伴家持が友の歌を「よみ人しらず」として万葉集に編纂していくことを決めた瞬間ーー。
万葉集は天皇や貴族など権力者たちのもとで編纂をしているものなので、この決断は大伴家持にとっては、すごくリスクのある決断だったと思います。「よみ人しらず」の詠み手が政敵がつくったものだとバレたら、彼の命も危ないわけですから。
そのリスクを承知してでも、友の心を刻むと決めた瞬間の彼の感情は、どんなものだったのか?
この感情が強く動いた瞬間を、漫画で描けたら、すごく良い物語が生まれると思うんですね。
また、万葉集に掲載されている『よみ人しらず』の歌は沢山あるので、長期連載にも向いているんじゃないかとも思います。歌ごとにエピソードが生まれるし、当時の歴史も学べるし、歌の意味や奥深さにも触れられるし。
日本人として、万葉集って理解してみたいじゃないですか。
この企画に向いていると思える漫画家と出会えたら、一緒に万葉集を読みながら、歌ごとの意味を議論して、企画を深めていきたいと思っていたんですね。
ということで、今回の企画は日本人なら誰でも知っている万葉集を舞台に、「大伴家持が、『よみ人しらず』の歌を、万葉集に収録すると決めた瞬間」を漫画で描くことに挑戦してもらえたら嬉しいです。
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(追記:2018年12月20日記載)
こちらの企画ネタを投稿したところ、ありがたいことに、『万葉集』に関する研究をされている施設の方から、アドバイスを頂戴しました。
まだまだ粗々な時点の企画ネタなので、専門家の方から指摘をいただけることは、大変ありがたく、追記という形で掲載させていただきます。
1.「大友家持」ではなく「大伴家持」。(こちら投稿文での表記を修正させていただきました)
2.『万葉集』には、作者名を記載しない歌が2000首以上ありますが、それらは「作者未詳歌」と呼ぶのが通例です。「よみ人しらず」というのは平安時代以降の呼称でして、『万葉集』にはふさわしくないかと存じます。
3.『万葉集』は、一度に編纂・完成されたものではなく、短くない歳月の中で、何度か増補・追補を経ていると考えられます。従いまして、全二十巻は、巻ごとに編纂意図が異なっています。歳月順に歌を並べた巻もあれば、四季ごとに並べた巻、東国の国ごとに並べた巻もありますし、前半と後半でテーマがまったく異なる巻もあります。作者名を記さない巻は、作者名記載を編纂方針にしていなかったからに過ぎないと思われます。
4.そもそも「大友家持も万葉集の編纂を任されるくらいなので…」とありますが、『万葉集』は、『古今和歌集』以降の勅撰集と異なり、下命者・編纂者・編纂時期・完成時期もよく分かっていません。家持が編纂者とされるのは『万葉集』を分析しての状況証拠に過ぎないのです。ですから辞典類では、家持のことを「万葉集の編纂者と目される」などと、微妙な表現をしているのです。(こちら投稿文での表記を修正させていただきました)
5.「そして、当時は飛鳥や奈良時代」以下、ですが、確かに、家持の友人や大伴一族の者が藤原氏に対するクーデター(橘奈良麻呂の変)に加わり、事前に発覚し、捉えられて拷問・処刑されています。家持はそれに加担しなかったもののやはり同族として様々に思い乱れるところはあったでしょう。しかし、例えば、そこで拷問死したと考えられている、彼の友人であり同族でもあった大伴池主の歌は普通に掲載されています。ここからも、家持が友人の歌をわざわざ「よみ人しらず」とする意味がないことがお分かりになるかと思います。
6.朝敵の歌を勅撰集に載せる際、その名を憚って「よみ人しらず」にした例があります。こちらと混同されているのではないかと拝察します。
https://kotobank.jp/word/平忠度-92220
聞き手・構成/井手桂司 @kei4ide &コルクラボライターチーム
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