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フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。nc-0 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。nc-1 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-2 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-3 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-4 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-5 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-6 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-7 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-8 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-9 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-10 フタリシオン・第13話 庭の片隅 by ポケットに月。n-11

今回も言いたいことはたくさんあるのですが、

とりあえず3つ、、、(やっぱり長いです)

 

1、今回一番困った、大正時代の自動車。

明治時代から自動車は少しずつ輸入され始めたようですが

大正時代でもまだまだ高音の花だったようです。

車の車体価格だけでも高いのに、税金が車体の3倍もかかるとか、

運転できる人が少ないので運転手を雇わないといけないとか、

自家用としては本当にごく一部のお金持ちしか手を出せないものだったようです。

なのでこの頃の自動車は基本的には

営業車(タクシー、乗合バス)などに使うのが一般的だったようです。

 

華族のお金持ちがどんな車に乗っていたか、、、詳しくは分かりませんでした。

でも1908(明治41)年から、アメリカで初めて組み立てラインで大量に生産されたのが

フォード社のモデルT(T型フォードとよくいわれている)、、、

大正時代にはきっと日本にも多く輸入されていただろうと思われますので

橘さんが乗っている車もそれにしました。

量産して価格はそれまでの車と比べるとかなり安くはなったのですが

その当時の日本にとってはどれほどのものなのでしょうか、、、??

お金持ちがT型フォードだと不似合いなのか、、、?とも思いましたが

当時の感覚は本当に分かりません、、、。

 

T型フォードの中にも種類があって、屋根も窓もなくて幌がついてるの、

屋根だけついてるの、2人乗りの、などあるようで、その中では一番高いタウンカー、

屋根も窓もある5人乗り(4人かも?)の車にしました。

 

資料にしたのは1915(大正3)年製のもの。

初めてライトが電気式になったとか、、、

運転がかなり簡単になったとか、、、←前後の年代でずれて勘違いだったらごめんなさい。

 

2、「サボる」

この言葉、昔もあったのかな~っと一応調べたら

まさに大正8とか9くらいから流行りだした言葉だそうです。

危ない危ない、、、ギリギリの言葉でした。

フランス語の「サボタージュ」を略した言葉とのこと。

舞台設定を大正時代の中でも、もう少し初期を想定していたのに

このセリフで大正8年以降と確定してしまった、、、。

 

3、大正時代頃の同性愛について、、、

江戸時代、日本は割と同性愛に寛容だったようなのですが、

明治以降、西洋文化が入ってきたせいか

かなり同性愛に否定的なイメージが一般的になったようです(多分、、、)。

同性愛を異常なもの、あるいは精神病などと捉え、

治療が必要だ、などと考える事もあったよう。

なおやもこの一般論の中で生きているので自分に否定的だし、

決して、正臣と添い遂げようなどとは考えない訳です。

 

一方で、上手く説明できないのですが

九州(薩摩?)の方では昔から若者の同性愛的な付き合いを

肯定する文化があったようで(武士の間だけかもしれませんが)

若い男が女性と付き合う方が軟派というか不埒なものという感じなのでしょうか、、、

東京でも学生寮などでは九州文化の流れなのか、江戸からの文化なのか

男同士で付き合うこともよくあった事のようなのです。

それはあくまで結婚前までの話だとは思うのですが、、、。

そいういった文化に触れた正臣は、

自分の事をそこまで否定せずに、

なおやとの事を何とかしたいという考えに至っています。

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