「次のマンガを読み、傍線部の主人公の感情について書きなさい」
試験でこんな問題が出たらどのように感じるだろうか。
マンガが好きな人は喜ぶかもしれないし、マンガをテストに使っているようでは学力が下がると思う人もいるかもしれない。
抱く印象は立場や考え方により幅が出ると思うが、実際に導入されたときに生徒目線で最も多い感想は「むずかしい」ではないかと予想している。
この文章の冒頭にある問題を、適当に自分の好きなマンガで当てはめ、さらに根拠を示せるか試してみたらわかると思う。めちゃくちゃ難しい。
自分も軽い気持ちでやってみたら全然できなかった。
プロはこれ操る力が前提かよ、と悔しく思う反面、逆にこのマンガ構造を読み解く力が身に付けば、作る側として大きな力になるのではないか?と考えた。
ここでは、自分なりに考えたマンガによる読解問題の難しさの理由と、「こういう視点で読んでみたらいいと思うけどどう思います?」という投げかけを書く。
まず、そもそも読み解くとはどういうことかという問題だが、ここでは「根拠を示す力」ということにする。
つまり作品を読み、「このシーンで胸が熱くなるけど、これはこういう描き方がされているからだ」と説明できる能力ということだ。
最初に結論から言うと、マンガの読み解きが難しいのは、文章と違い絵でも説明がなされているから、だと思う。
当たり前だと思うかもしれない。
しかし実際のところ、絵による表現は自覚している以上に解釈の根拠が曖昧になりやすい。
そこでテストのように、客観的に感情と向き合う行為が必要になってくる。
今回は賀来ゆうじさんの『地獄楽』1話を参考にする。
【例題1】64ページ「そう簡単に 人の心は死なないわ」とあるが、このシーンが激アツな理由について書け(問題はジャンプ+を参照)
といった具合だ。
最初にこのシーンを見たときの第一印象を整理する。
僕は
(1)感動的
(2)迫力がある
だった。
次になぜそう感じたか、その根拠として考えられるものをページ内から羅列する。
この段階でまず絵を言語化する必要があり、最初に向き合わなければならないマンガ読解の壁になる。
(1)に関しては1「主人公が泣いているから」2「妻と楽しそうにしている回想のコマがひとつ挟まっているから」
(2)は1「顔のアップだから」2「3コマを縦断するように文章が書かれており、1つの塊のようにして目に入るから」
とかだろうか。
ここからさらに、それまでの文脈を見ていく。
先ほどまで同様、絵を言語化していく作業と並行して、無意識に刷り込まれてきたマンガの表現コードに気づく必要がある。
これが最も難しく、工夫に気づく度に作者の技量に驚かされる。
(1)ー1「主人公が泣いているから」だが、画眉丸が泣き虫ならばここに意外性や感動は生まれない。
画眉丸は1ページ目から、感傷とは無縁の男として描かれてきた。
まずこの1話を通し、画眉丸にとって泣くことがギャップになるよう計算されていたことがわかる。
またこの涙は2ページ前、佐切の「彼女との生に執着はありますか?」という問いがきっかけになっているが、妻の話題自体が感動を生んだわけでもない。
その話題はこれまでも出ているが、画眉丸のリアクションは涙ではなかった。
特に佐切が直接的に「妻を愛している」と言ってから、「そんなもの どうせ叶わんのだ!!」と叫ぶまで12ページもかけて怒りの感情を露わにしている。
感情がないとされた「がらんの画眉丸」が、怒りとともに自分の弱みを出し、その後の涙だからこそ感動的な場面として描かれている。
(1)ー2についても、先ほどと同じ考え方になるので省略する。
画眉丸がどれほど感情と無縁に見えるよう描かれてきたか、その対比としてどう妻の存在が描かれたか・・・について追うことになると思う。
(2)で感じた迫力については、「1コマあたりは大きくないのに迫力がある」ことに着目していく。
(2)ー1「顔のアップだから」と書いたが、ただ顔のアップだけ続いても迫力は出ない。
その理由を探り前のページに戻ってみると、いくらか答えの要素が見つかる。
たとえば、前のページは人数が多めで全身が入るようなコマが最初にあり、中段の小さなコマを4つ続け、最後に画眉丸の腰から上の絵が入っている。
小さめのコマや引きのコマから大きめのアップになるという対比構造になっている。
特に最後のコマは、白い背景に黒い点々が飛ぶ演出(この技法って名前あるんですか?)が使われている。
この黒い点々が何の描写かは知らないが、少しでもアニメやマンガを知っている人には、何となく時間がゆっくり流れるような印象を与える。
またここでページをめくるという行為が入ることにより、感覚的に1コマ分程度読む速度に間が生まれる。
そこから急に、(2)ー2にあるように3コマが塊になったような描写が入ることで、読み進めるスピードに緩急が発生し、迫力を感じたのだと考えられる。
他にも、単行本だと右から左に読むので右向きの顔だと目にとまる、白い画眉丸の髪が多めに入り込んでいるから視認性が高いのかも、とか細かい要素は沢山あるだろう。
以上が例題に対する僕の回答だ。
1ページに満たない描写だけでもこれだけの工夫がなされていた。
また複数の要素が合わさっていること、それが絵という言語化しづらい表現により手数が見えにくくなっていることも実感できる。
マンガでまだ何も成せてない人間の文章ではあるのだが、鑑賞教育については結構勉強したので大きく外れたことは言ってないんじゃないかと思う。
コルクBooks作家の皆さん、本の感想を投稿する形式として、このテスト方式もいかがでしょうか。
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