コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんが、長年温めてきた漫画の企画を「おすそ分け」してシェアするこの連載企画。 ※企画背景についてはコチラ→『このアイデア、作品にしませんか?&nbs...
コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんが、長年温めてきた漫画の企画を「おすそ分け」してシェアするこの連載企画。
※企画背景についてはコチラ→『このアイデア、作品にしませんか? 編集者・佐渡島庸平の企画のおすそ分け、始めます! 』
12月の企画テーマは、「感情が強く動いた瞬間」。
ものすごく強い感情が生まれた(生まれたであろう)瞬間を見つけ、その感情を最も有効に伝えるための物語をいかにして紡いでいくか。「瞬間の感情を軸にする」というアプローチでのマンガのつくり方として、具体的な企画を4つ紹介しています。
今回は、テーマ「感情が強く動いた瞬間」の意味と、一つ目の企画である「レオナルド・ダ・ヴィンチが、自分の生き方を決めた瞬間」についてお届けします。
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感情が強く揺れ動く瞬間へと物語を導く。
佐渡島:今月の企画の立て方のテーマは「感情が強く動いた瞬間」です。
これは、僕が物語の企画を立てる時に、最もよく使っている企画の立て方かもしれません。
例えば、漫画『スラムダンク』を読んでいて、ここぞって時にシュートがスパッと入るシーンを読んで、「ウォー!」って感動しますよね。何度読んでも涙が出たり。一方、実際の世界でも、マイケル・ジョーダンの劇的なシュートが決まる瞬間の映像を観ると同じ様に感動します。
つまりリアルで感動するシーンを漫画で描くことができれば、漫画でも同様の感動を生むことができるんじゃないかと思うんですね。
例えば、1998年の長野オリンピックでスキージャンプ男子団体が金メダルを獲りました。あの時の原田選手の大ジャンプには、多くの人が感動しましたよね。
その前のオリンピックでの原田選手の失敗もあり、「今回の原田は飛べるかなぁ…」とハラハラしながら僕らは見ています。そこに、あの逆転を呼び込む大ジャンプだから、「原田、スゲー!」という興奮に日本中が包まれました。
この時に感じた強い感情を漫画で描いたら、どうなるだろうと思って企画したのが、『宇宙兄弟』の作者である小山宙哉さんのデビュー作となった『ハルジャン』なんです。
選手が飛んだ瞬間の、選手や、それを見ている観客の中にどういう感情が生まれているのかを漫画で描いてみませんかと、小山さんに提案したことが始まりです。小山さんに、この瞬間の強い感情を漫画で描いてもらえたら、きっと原田の大ジャンプを見た時のような強い感情を読者に届けられると思ったんですね。
つまり「感情が強く動いた瞬間」というテーマは、絶対に強い感情が生まれたであろう瞬間の登場人物達の気持ちを想像し、それを漫画で表すということなんです。
そして、その瞬間を起点に物語の前後の構成を考えていき、全てのシーンは、その瞬間を描くための導線になっていきます。そして、目的地であるその瞬間に読み手の感情を頂点に持っていく。
このように「感情が強く動いた瞬間」から物語の企画を考えていくことは、心揺さぶる物語をつくるにあたり、とてもオススメしたい考え方です。
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「ダ・ヴィンチが自分の生き方を決めた」そのときの感情は?
佐渡島:「感情が強く動いた瞬間」の1つ目は「レオナルド・ダ・ヴィンチが自分の生き方を決めた瞬間」です。
レオナルド・ダ・ヴィンチというと、画家として超有名ですが、芸術以外にも医療や化学など、様々な分野で優れた功績を残していて、超多才な人物として知られています。
今風に言うと、多動力が凄まじい人というイメージで、彼の研究家たちの間でも、ダ・ヴィンチは興味関心がすぐに移りかわる人だという意見が主流だったんですね。
ですが、実はそうではないと言っている研究家もいるんです。その研究家は、興味が移り変わって色々な分野に手を出したのではなくて、たった一つの事にしか興味がなくて、それを追求していくために、色んな分野を手を出さざるを得なかったと言っています。
そして、彼が追求し続けたのは、「全ての人を癒す微笑みとは何か?」ということ。
ダ・ヴィンチは当時から大天才として知られていて、様々な仕事を頼まれては、ほぼ全ての完成品を依頼主に納品して手放しているんです。でも、モナ・リザだけは、自分の手元から手放さずに、ずっと修正を続けているんですよ。つまり、他の創作物と重み付けが明らかに違うんです。
そこからダ・ヴィンチが行った全ての活動は、モナ・リザに全ての人を癒す微笑みを描くために行っていたと推測できるわけです。人間の体を解剖するのも、遠近法を学ぶのも、全ては自分が追い求める微笑みとは何かを導きだすために必要なものだったと。
この事実だけで、ダ・ヴィンチの伝記が書けそうなんですが、ここで一番気になるのは、「なぜ、ダヴィンチは最高の微笑みを、そこまでして描きたいと思ったのか?」ということです。
実際は緩やかに時間をかけながら、微笑みを描く事を自分の人生のテーマにしたかもしれませんが、これをフィクションとして劇的に捉え直してみると、すごく面白くなると思うんですよ。
そこで思いついたのが、日本の能面です。
世阿弥が能を作ったのが15世紀。そして、ダヴィンチが活躍したのは15世紀後半から16世紀前半。つまり、ちょうどダ・ヴィンチが生まれた頃に能が誕生したわけです。
そもそも、能面というものは、全ての感情を表現できてしまう表情です。面の角度や、演者の姿勢によって様々な感情を表現できてしまう。
その能面が、どういう経緯かはわからないんだけど、ダ・ヴィンチが住んでいるフィレンチェに辿り着きます。そして、ダヴィンチは能面を見て驚くわけです。
「何だ、この表情は…!こんなに奥行きが深い表情が、この世に存在するのか!?」と。
ダ・ヴィンチは「悔しい…!」と強く思います。「この表情を超える表情を、俺は作り出してみたい…」と。
そして、導きだした結論が、全てを包み込む微笑みです。
「全ての人を癒してしまうような。そんな微笑みを俺は描いてみたい…。それはどんな微笑みなんだろう?そして、それを表現できるように絵がもっと上手くなりたい!」。
そう強くダ・ヴィンチは思うわけですね。そして、それが、彼が自分の生き方を決めた瞬間です。
この瞬間のダ・ヴィンチの感情を漫画で表現できたらと思っているんですね。
この企画は長編漫画の企画としても成立するのではないかと思っています。能面との出会いを1話目で描いて、ダ・ヴィンチがどういう風にモナ・リザを題材に決めて、それを完成させようと挑戦していく筋書きです。また、モナ・リザは未完成のまま、ダ・ヴィンチは死んだと言われています。彼は、どこまで完成したと思って死んだのかという最後のシーンも良いシーンになるのではないかと思います。
ダ・ヴィンチが能面と出会うまでの過程や、なぜ能面に強く惹かれたのかといった背景は、作家さんの演出に委ねたいと思います。
ということで、こんな企画で、ダ・ヴィンチの生涯を追う漫画を書いてくれる作家さんとの出会いを待っています。是非、チャレンジしてくれると嬉しいです!
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今月の企画の立て方のテーマは「感情が強く動いた瞬間」で、全てのシーンをその瞬間への導線とすることで、感情が揺さぶられる物語の企画をつくるという話ですが、史実とフィクションを混ぜるというのも、企画を立てる時の方法の一つです。
それにより、物語にリアリティが増し、その時のダ・ヴィンチの表情や感情はどんなものだったんだろうかと、読者に強く惹かれる企画になります。
誰もが知っている偉人の知られざる感情を想像してみてください。自分が一番好きな偉人は誰ですか?その人の感情がもっとも動いた時はいつでしょう?
そのことを考えると、きっと自分らしい企画が生まれると思います。
僕の企画を描いて持ち込んでくれてももちろん嬉しいのですが、僕が好きなのは、その作家らしさのある作品です。ぜひ、自分の好きな偉人で、読み切りを描いてみてください。
聞き手・構成/井手桂司 @kei4ide &コルクラボライターチーム