最初は鬼ごっこをしていたみたいだ。
垂れた前髪に白髪交じりのやつれた顔は二十代の男とは思えない。
逃避行は続くのか?否、続くのだ。
命がけで走り回り、いや堕ち続け、母の形見のサムリングは皮肉にキラリと光る。
奈落の鬼は止まらない。
穴倉を見つけ息を潜めようとも無駄で、首根っこを掴んでくる。
容赦などない正に鬼そのもの、なんであれ罪人は罪人で。
「…このクソ鬼…!俺には記憶が無いって言ってるだろ…。罪がなんであれ思い出す手段もねぇ。どうすりゃ…。この鬼殺してやろうか…。」
度重なる自問自答危険思想、髪を乱しながら堕ちる。
ボロのワイシャツ。あるだけましな、すり切れたサンダル
俺には生前の記憶が無い。そう、罪が分からないのだ。
名前すら思い出せずにもがく。
涙が止まらない。八方塞がり、下を見ても奈落は奈落。
これからもひたすら堕ちて行く。
いたるところから絶叫、悲鳴、呼号に怒号。
それでも俺は堕ちる。
どんどん下に堕ちて行く…。
これは…もう…。
時は2000年も経ち衰退した意識とともに、ゆっくりと立ち上がろうとしたが断念する。
膝がガクガクと笑う。悔しい。焦がれた地面に頬を寄せる。力がわかない。
「最愛なる加害者に愛をもって接するようにいいな?」
擦れた意識の中に入るキリリとした年増の男性の声。こいつも鬼なのか?
何人いるか分からない年齢様々な男の獄卒達が一番偉いであろうその極卒から喚呼を受ける。
「偉いなぁ?ここまで良く来れた?俺はここの一番偉いものと言っても過言でもない、まぁ、獄卒の中でだが。まずは…褒美にこれをくれてやろう。」
白髪交じりを引っ掴んで、腹の真ん中目掛けて右ストレート。
胃液がこみ上げ吐き出す。するとゆっくり俺を座らせ腹を撫でる。
「これは教育と言ってな?分かるか…。まだ分からなくていい。
お前の釈放は決まっていないんだ。短くても1億年は掛かる…阿鼻地獄舐めるなよ。
名前が思い出せないようだが、重要ではない。仮に白髪混じり…いや、混じりとでも呼んでやろう。ようこそ奈落の底へ…。」
踵を返したその男は顔だけ此方に向けて名を名乗った。
「一様、金盛という名があるが決して口にはするな…。
お前はいい子だよな?混じり…?」
すると七重の鉄の城壁の扉へと消えた。
後で気づいたがここは阿鼻城といって横幅が約13キロメートルもあり周りは刀で出来た林が広がっていた。逃げられないと悟った時にはもう遅く。夢であれと信じもしない神や仏に願った。
疲れ切って瞼が重くて、永眠したい。
「(畜生…。)」
パタリとまた意識が途絶えた。