その男性の訪問診療を始めた当初。その家の中には、男性が表彰された証がいくつもあった。
「やっておられたのですか?」それが男性との最初の会話だった。
自分も同じ趣味があったので、それ以来、訪問のたびに必ずその話をするようになった。
何度か訪問診療を重ねたある日、男性がぼそりとつぶやいた。
「もう趣味もできないのなら、長生きしても家族に迷惑をかけるだけだし、楽に逝きたいな」
確かに、穏やかに逝けるのであれば、それが理想かもしれない。
そのように感じて、すぐに男性の介護を主に行っている娘さんに伝えた。
3人で話し合った結果、もしものときには、人工呼吸や心臓マッサージなども希望しないということで、具体的に決めていった。
そのようなある日、男性の心肺停止は突然のことだった。すぐに駆けつけると、娘さんは少し動揺しており、何か処置をした方がよいか尋ねてきた。しかし、事前の男性の希望のことを思い出し、希望通りに心臓マッサージなどの延命治療を行わず、最期を看取った。
その後、生前に男性が書き残していた記録が見つかった。
患者さんが希望を託してくれること、人生に寄り添えることは、在宅医でなければできない経験だと感じた。