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シャープさんさんの作品:なんでもできる人

謙遜でなく疎くて不器用です、@SHARP_JPです。なんでも知ってる人がいる。あなたのまわりにもいる物知りな人だ。だいたい職場にひとりくらいは、みんなから「あの人はなんでも知っている」と言われる人物がいるはずだ。


エクセルのことを質問しようが、会社の歴史を尋ねようが、お得なマイルやポイントを相談しようが、なんでもスルスル答えてくれるし、あるいはきのうのニュースや政治談義といった世間話もなんなくカバーし、時には関連する雑学でもって話を接いでくれる。博識としか言いようのない人だ。


わからないことなんてさっさとスマホで検索できるのだから、いまや私たちは全員が博識だと言えそうなものだが、それでもやっぱり「あの人は物知りだ」と周囲が定評してしまう人物はいる。


私たちは自分がなにを知っていてなにを知らないかをよく知らない。だから知らないことに直面してはじめて自分が知らなかったという事実を知り、その状況にあわてふためいて他人に聞いたりする。物知りな人はどうもそこらへんが私たちと違う気がする。物知りな人はあらかじめ知らないことを知っているから、あわてることなく自分で調べるし、ふためくことなく自分で考えてみたりするのではないか。そしてそこらへんの違いこそ、教養と呼ばれる地点を指すのだろう。



丸岡さんは断らない(伊勢虎太郎 著)


一方で、なんでもできる人がいる。キャンプもできるし、ギターが趣味かと思えば、棚を自作したり壁を塗ったりする。実は魚がさばけたり溶接ができたり、フォークリフトの免許を持っていたりする。いまの仕事とはまったく脈絡もなく、あれもできるこれもできるという人。あげく足も速ければサッカーも野球もこなすみたいな人。あれはいったいどういうことなのだろうか。


知識と身体が絶望的に結びつかない、運動とか器用といった方面に難を抱えた私なんか、なんでもできる人を見ると憧れどころか畏怖の念を抱いてしまうのだが、そういう人は実際にいる。しかもなんでもできる人は、この漫画のように「頼まれたから」なんでもできることが発覚するので始末に負えない。ヒーローみたいな人である。


私だって「なんでも知ってる人」ならギリなんとかいける気がするのだ。読んだり考えたりするのは嫌いではないから、そこにかすかな光明がある。しかし頭の先の、身体でなんとかする領域は皆目わからない。知らない。これだけは私も自分が知らないことを知っているから、私はあわてふためくことなく、なんともならんと膝を抱えるばかりだ。なんでもできる人は、すごい。

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2021/10/14 コミチ オリジナル
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