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シャープさんさんの作品:記憶の音楽

数えたらたぶん千枚以上はアナログレコードを持っています、@SHARP_JP です。音楽は危険だ。好きな曲は容易に自分の思い出に紐づいてしまうから、音楽を語ることはしばしば自分語りに陥ってしまって危ない。逆にそれぞれの黒歴史に紐づく音楽もあるわけで、耳にしたとたん赤面し、逃げ出したくなる危ない曲もあるだろう。


本や映画やゲームといった、私たちが享受する表現物あるいはコンテンツの中でもとりわけ音楽が危険なのは、いくつかの理由が考えられる。たとえば音楽が歌謡曲とかポップスと呼ばれてきたように、ほかと比べても音楽は大衆性をまとうことが多かった。


言い換えれば、たくさんの人が同じ時に同じ曲を聴く体験が繰り返されてきたから、音楽は時代や世間と強く紐づいてきた。ヒット曲を並べてある時代を振り返ることができたり、懐メロとかシティポップといった括りがあることこそ、音楽というコンテンツの特徴だと思う。そういう傾向はもう崩れてしまったのかもしれないが、音楽は時代を映し、人は音楽から同時代の空気を摂取していたのだ。


もちろん音楽はポピュラーなものだけではない。大衆性とは無縁のごくごく小さな空間で鳴らされる音楽もあれば、音そのものの実験を追究した孤高な音楽もたくさんある。どちらかというと私はそういう音楽が好きだし、内向きな表現だからこそ、どこかのだれかの心をパーソナルに打ち抜くことがあるのは、ほかの表現物と同じだろう。


ただし音楽は「ながらで享受できる」という特異な性質がある。音楽は本を読みながらでも聞けるし、移動しながらでも聞ける。だれかと会話している時でもその場所に音楽は漂っていただろうし、映画では語られる物語の背景にはたいてい音楽が流れる。


つまり音楽はそれを耳にした時の場所や人とセットで記憶してしまうから、思い出の引き金として強烈に作用してしまう。だれかとなにかをしながら聞かれた音楽はそれ以降、そのだれかとなにかごと再生される。だから音楽は甘くて、危険なのだ。



『playlist』(ヘケメデ 著)


ここでも音楽は甘くて危険だ。しかも年下の彼氏が、彼女がだれかとなにかをしながら聞いた記憶ごと、彼女の音楽を欲する。その音楽ひとつひとつが自分の不在を突きつけてくるにもかかわらず、彼は彼女のプレイリストを求める。


彼女が記憶するどの曲にも、彼はいない。まだ出会ってもいないし、生まれてさえもないかもしれない。だから彼女のプレイリストがふたりの間で再生されるたび、彼の絶望は増すのだろう。なんと甘くて危険なお話か。


それにしても音楽はもうひとつ、ほかの表現物やコンテンツと異なる歴史を持っていたのだった。メディアの変遷だ。レコード、ラジオ、カセットテープ、CD、MDあるいはDAT、そしてここ10年で音楽はデータになり質量を失った。音楽は「どこでだれとなにをしてた」もセットで記憶されるなら、「なにで聞いたか」も音楽の記憶の中でけっこうな比重を占めるだろう。


それは同時に、思い出の共有を拒否することになりかねない。この作品で彼氏がMDをかろうじて知っていたように、音楽をなにで聞いたかは容易に世代を断絶してしまう。わかる人にはわかりすぎるし、わからない人にはなにひとつわからない。それもまた危険でもあり甘美な音楽のあり方だろう。いささか倒錯したかたちで音楽を愛でる私は、レコードに囲まれながらそう思うのである。

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2021/9/30 コミチ オリジナル
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