祖母と戦争の話

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シャープさんさんの作品:祖母と戦争の話

こんな特殊なお盆にこんにちは、@SHARP_JPです。祖母の、ずいぶん前に亡くなった、父方の祖母の話をしようと思う。私が生まれた時から同居していた祖母は、幼い頃からずっとおばあさんで、大人になっても変わらずおばあさんだった。そしておばあさんといえば、きまって同じ話を、家族に繰り返し聞かせる存在である。


祖母が繰り返し聞かせてくれる話は、仏教的な説話とまじないめいた話と彼女が大切にしていた思い出と、いくつかのバリエーションがあった。その中から祖母は折にふれては孫に言い聞かせ、私は「またその話か」と言いたげな顔で祖母の話に耳を傾ける。そんな光景は、昭和と呼ばれた時代には、ごくありふれたものだっただろう。


そんな祖母の話の中でひとつだけ、聞くと子ども心にもやましい気持ちになる話があった。思い返せばあれは、いまで言うところの、不謹慎に直面した時に生じる感覚に似ていると思う。


祖母は戦争経験者だった。もちろん戦地に赴いたわけではなかったが、疎開したり、食べ物に困ったり、私の想像以上の苦労をくぐり抜けたのであろう。とはいっても、祖母は戦争時の話をたくさんしてくれたわけではなかったので、学校や本で学んだ知識と照らしわせて、祖母の過去を「想像以上に苦労した」と、勝手に私が作り上げた節はある。


ただし祖母は戦争中のことで唯一、私に話して聞かせることがあった。それは夜の空襲がいかに綺麗だったかという話だ。海辺に住んでいた祖母は、夜の海を挟んだ対岸がごうごうと空襲に焼ける様子を、花火のように美しかったと繰り返し私に伝えた。


私はその話を聞くたび、学校で習った戦争の悲惨さから、あまりにかけ離れた祖母の記憶に困惑し、美しかったという言葉を選ぶ祖母の精神性に不信感すら覚えた。やがて私は、祖母の美しい空襲の話を、身内の恥が夜空に打ち上げられるような、やましさに苛まれるようになったのだ。


8月に入り、戦争といういまや遠くなってしまった歴史に触れる時期になると、私はきまってその恥の感覚を思い出す。いまでも祖母の真意はわからない。幼い私にわざと軽く伝えたかったのかもしれないし、対岸の空襲は当時の彼女の目にはじめての美的体験として映ったのかもしれない。あるいは過酷さゆえに、祖母は記憶を上書きすることによってその後の人生の均衡を保ったのかもしれない。私にはわからない。



ぼくのじいじ2018(つのだふむ 著)

ごくまれにだけど、なにかを見たり読んだりした瞬間、自分の中の記憶や思考のピースが驚くほどの速度で引き寄せられることがある。なにげなく、つのだふむさんの過去作を読んでいた、先ほどの私がそうだ。祖母の美しい空襲の話と、とても手触りの似たエピソードが描かれていた。


作者の祖父が語る戦争の話。綺麗な船が見えると口にしながら、原爆で死んでいった祖父の兄。そして対岸から長崎の原爆を眺めた祖父。おそらく何度も聞かされたであろう作者は「重いのきた…」と帰省中にもかかわらず身構える。戦争経験者の話はどうしたって悲しいものだから、緊張感が伴うものだ。


だが今年の祖父の話はちがった。原爆のきのこ雲をたけのこ雲と言い間違えてしまったからだ。その言い間違えは、耳を傾ける者に対して、意外な作用をもたらした。過酷で残酷な戦争の話が、言い間違えによって「一瞬だけあの日が架空の世界」に感じられたのだ。作品の最後に描かれた、大きなたけのこが海にそびえ立つ絵が、その印象を静かに物語っている。


そして私は、祖母の心の中でも同じことが起こっていたのかもしれない。そう思ったのだ。対岸の空襲を見て、図らずも「美しい」と感じてしまった瞬間。祖母は自分がいま生きる時間が、架空の世界に思えた。たとえ一瞬でも、重い現実からふわりと乖離する感覚。過酷な環境に色鮮やかな膜が張られるような体験はきっと強烈だったにちがいない。だからこそ、私にその体験を繰り返し語りたかったのかもしれない。フィクションの世界に魅了され、フィクションの力に救われてきた私には、それがもっとも救いのある、祖母の真意だと思うのだ。

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