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シャープさんさんの作品:ライバルの多い世界

きのうの敵はきょうの友でしょうか、 @SHARP_JP です。ずっとライバルの多い業界で働いている。とにかく家電(にかぎった話でもないけど)は選択肢が多い。テレビでも冷蔵庫でもエアコンでもスマホでも、微に入り細に入った機種がお店にずらりと居並ぶ。加えて同じ製品ジャンルに、多数のメーカーがひしめいているのだ。結局は売れてなんぼの世界である。お客さんがいくら悩もうとも、最終的にあっちよりこっちを選んでもらわないと、われわれは死んでしまう。2位じゃだめなのである。

 

だからライバルの多い業界で働いていると、隣の芝が青く見えるというアレが別の様相を呈してくる。隣の芝が青く見えたなら、うちの芝生をもっと青くしなければという強迫観念に、私たちの頭が支配されてしまうのだ。私の仕事や私の会社は、その強迫観念に突き動かされていると言ってもいい。

 

会議の資料は、ライバル製品のスペックと自社製品のスペック比較に多くのスペースが割かれているし、議論の大半もどのスペックをどれくらい優れさせるかに占められる。開発の段階でこうなのだから、その製品をどうやってたくさん売るかを考える地点となると、ライバルに勝る点をどう効果的に伝えるかに、ほとんどのリソースが注ぎ込まれるといっても過言ではない。ライバルの多い業界でモノを作る企業なら、たぶんどこも似たり寄ったりだと思う。

 

つまりわれわれは、隣の芝よりウチの芝が青いと主張することに力を全振りしてしまうのだ。隣の庭のすみっこを指差しては、こっちの庭の青さを誇り、青さで勝負がつかなさそうと見るや、芝の黄色さや芝の長さを提示しだしたりする。とにかくわれわれのような競合の多い業界は、それから特に宣伝という私が従事する仕事は、つい隣とウチ、あるいはせいぜい両隣2,3軒とウチ、という非常にせまい世界でアピール合戦を繰り広げてしまうクセがある。

 

テレビや冷蔵庫を買い替えるにあたり、新しく2台にするなんてことはまずありえないわけで、たいていの買い物は最終的に一択だ。生き残るのはひとりというデスレースは、耐久消費財の宿命といえばそれまでかもしれないけど、とにかく1位になるためにお客さんへ「私を選んで」とアピールする行為が、ライバルとの比較優位に終始してしまうのはやっぱり、味気ない。

 

買い物はもう少し、不合理であってほしいのだ。そして不合理な買い物こそが、売る方も買う方も楽しい経験になりがちだと、みんなうすうす気づいているのではないか。検索してスッと買う買い物、さいきん飽きてきてません?

 

アラフォー独女くそじみLIFE キャリーバッグ血眼買物記(karukoohino 著)

 

狭い世界で芝の青さを競い合うことは、また別の弊害を招くこともある。当たり前に備えた良い点を、当たり前だからという理由で、どこもなにも語ろうとしなくなるのだ。カタログでも宣伝でもサイトでも、それがお客さんにとって買う決定打になるにも関わらず、私たちはその良さをいちいち網羅しなくなる。ライバルとの差こそが重要なのであって、ウチも隣も青い芝は語るまでもない、という論理である。

 

そうするとどうなるか。このマンガのように、当たり前にいいところがあるのに気づかれない、あるいは当たり前のいいところが当たり前に認識されないまま選ばれない、という悲劇が起こってしまう。

 

ちゃんと備えているのにいちいち言わないから、検索されてもひっかからない。運良く買われても、いちいち言わないから気づかれずに使われない。そういう残念さが、私の仕事の周囲にはままある。私はできるだけその残念さを回避するため、ていねいに仕事をしようと反省する。しかしすぐ私は、隣の新たな芝の青さに目と頭が奪われてしまうのだ。

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2022/6/30 コミチ オリジナル
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