たられば 編集者(犬) https://comici.jp/tarareba722 たられば https://cdn-public.comici.jp/users/192/20180512131348379.jpg https://cdn-public.comici.jp/users/192/20180512131348379.jpg D80C24 ja Fri, 29 Mar 2024 19:47:47 +0900 Fri, 29 Mar 2024 19:47:47 +0900 <![CDATA[あの高円寺のユニットバスで何もかも欲しがっていた]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/2/default/20210501142159081B2B69A030D001DA35F55435ACCF44EC9-sm.png

 ときどき、若い人から「好きなものも、やりたいこともないんです。どうすれば見つかるんでしょうか」という相談を受けることがあります。

 情報流通革命が起こり、個々人に発信能力が備わったことによって、「何かを好きでいること」、「やりたいことがあること」の価値が高騰している現代ならではの悩みだよなぁ…とおもいます。


 手元のデバイスで数タップするだけで、国会図書館の数千倍、数万倍の情報にいつでもどこでもアクセスできるようになって、多くの人は(その膨大な情報の海の中で)「好きなもの」や「やりたいこと」を見つけることが難しくなっているし、また、だからこそ自分の心を許した誰かの「好き」、「やりたい」の価値が途方もなく上がっているのでしょう。


 そのいっぽうで、興味のあることを見つけて、それが自分のなかで「好き」にまでなるには、ある程度自分で骨を折って探して、試して、そこからまた時間やお金をかけて育む必要があります。

 もちろん世の中には「好きなもの? そんなの自然に湧き出てきたよ」という人もいます。けれど待てど暮らせど湧き出てこない人だってたくさんいます。

 特にいまの若い人には、「好き」を育む時間もお金もない人が多い。

 先日、「それって、若い人自身の問題というよりは、(若い人からお金や時間を奪っていたり、豊かだった自分たちの若い頃と同じルールを強いようとしたり、そういう社会を作り上げて今まさに担っている)年寄り側の問題でもあるよなぁ…」なんていう話をしていたら、「あなた自身はどうやって好きなものや、やりたいことを見つけたんですか?」と聞かれました。

 あー…わたしの、好きなものや、やりたいこと…。


 そういう話を、切実そうな若い人から聞かれるたびに、頭の中にパーっと走馬灯のように学生だった頃や新入社員だった頃の、まだ何者でもなかった自分、何者にかはなれるはずだという根拠のない確信だけがある自分、そんな確信がないとバキバキに折れてしまう、大胆なんだか繊細なんだかわからない心を抱えた「あの頃の自分」の姿が流れてゆきます。


 今日はそんな、やや恥ずかしいお話を、よりにもよってSNS界を代表するイケメンライター、カツセマサヒコさんから依頼された原稿で書くことになりました。

 皆さんこんにちは。

 たられば、と申します。Twitterで「tarareba722」というアカウント名で、編集者と名乗って日々呟いております。

 今日はカツセさんに頼まれて、若かった頃の話と、今の若い人に向けてなにか、を書いてみようとおもいます。

文:たられば 写真:Adobe Stock


何も持っていなかったので、何もかもを欲しがっていた

 今回原稿を書くにあたっていくつか「お題」をいただいたのですが、その中のひとつに「はじめての一人暮らし」がありました。

 わたしがはじめてアパートを借りて住んだのは、中央線沿いの「高円寺」という街でした。

 ねじめ正一さんが小説の舞台にし、鴻上尚史さんが交通事故で亡くなった友人の話をその彼女に伝え、みうらじゅんさんが糸井重里さんに「ここに住んでいるとブレイクしない」と言われたときに住んでいた街です。

 当時築35年、日当たり最悪、ユニットバス、北口から徒歩8分、家賃6万5000円。ダンボール6個と家電製品、本棚とフライパン、オクトパスアーミーで買ったパーカーと自意識を山盛りに詰め込んで住んでいました。


 一人暮らしを始めてまず感動したのは、いちいちエロ本を隠さなくてもよいことでした。それから休みの日は何時まででも寝ていられること。漫画喫茶でうっかり朝まで過ごしても自分以外の誰にも言い訳しなくていいこと。「故郷」ができること。カーテンがないと部屋が死ぬほど寒くなること。洗濯物を部屋干しすると加湿器代わりになってよいけど、乾きが悪いとシャツが臭くなること、一度つくとその臭いはどうやっても取れないこと。ほうれん草を炒めるのにバターがないからといってマーガリンは使えないこと。ユニットバスの隅にできる赤い模様はカビで、めちゃくちゃ落ちにくいこと。カンパリは瓶で買ってもたいてい飲みきれないこと。炊飯器に御飯を残したまま放置すると(主に勇気の問題で)炊飯器ごと捨てるしかなくなること。「カレーを作りすぎたので食べに来ないか」と誘うと案外警戒心なく来てくれること。そんな日は夕食後に牛乳を飲まないとキスがカレー味になること。「誰かが居た部屋」から「誰か」が居なくなると、「誰も居なかった部屋」よりずっとずっと寂しくなること。


 そんなひとつひとつに感動していた時期はすぐに日常に飲み込まれて、やがて「このままこんな生活していていいんだろうか」という罪悪感に似た焦燥感が頭をもたげてきました。


 学校へ行って、近所の中華料理屋でバイトして、帰って『ぷよぷよ』やって、寝て、起きて、『Tomorrow never knows』聴いて、また学校へ行って。

「わたしはもっとすごい人間だったはずじゃないか」、「だってわたしなんだぜ」、「こんなに深く悩んでるんだ」、「なのになんでいつも生活はカツカツなんだ?」と、漏れ出る自意識に世の中からの評価や預金残高がまったくついていかない状況でした。


 そんなときは、庚申通りにある「DORAMA」というレンタル屋で『ベルリン天使の詩』を借りて、駅前の都丸書店のワゴンセールで新潮文庫版『武蔵野』(国木田独歩著)を買い、中通り商店街の奥にある「抱瓶」へ行って、ちびちびとオリオンビールを飲みながら、背中越しに聞こえてくる「おれがB`zの音楽を許せないのはさぁ…!」とか、「モードの最先端に立つってことは、誰からも理解されないってことで、それをTKはさ…!」と、泥酔しながらB`zやTKに説教するバンドマンの声を聞きながら、「そうだ、いま第一線で活躍しているあいつも、あいつも、どうってことないんだ…」と流れ弾で溜飲を下げたり、「とはいえこういう飲み屋で仲間にそういう話を垂れ流すのってロクなもんじゃないよなぁ…」、「おれ? おれはもっとマシだよ、マシな人間なんだ、だってカバンの中には『ベルリン天使の詩』と独歩が入ってるんだぜ」と、どこから目線なんだお前はというねじくれた自意識を煮詰めていました。

 あぁ、なんという俗物。

 まだ何もしておらず、何も持っていないからこそ、何もかも見下していました。

 若い頃の自分を思い出すと、まず「戻りたくないなぁ…」という気持ちが浮かんできます。

 端的に言って、あの頃のわたしはクズでした。

 いや、より正確に言うと、若かった頃は、自分のクズさ具合やめんどくささを表出したまま周囲に受け入れてほしがる、わがままな人間でした。

 その「わがままさ」は、ほぼそのまま「いびつさ」と言えるでしょう。


 たいていの人は心に「いびつさ」を抱えていて、若い頃は特に、その「いびつさ」こそが「自分らしさ」だと思っていたりします。たちの悪いことにわたしの場合、だからこそ「それを曲げたり直したり隠したりしてはいけない」と思っていました。むしろ積極的に「それ」を見せることが誠意だとさえおもっていた。

 けど実際には、「生まれ持って備わっている程度のいびつさ」なんて誰だって大なり小なり抱えているし、その程度の「いびつさ」は、とりたてて何か新しいものを生み出せるキッカケになるものでもなかった。

 あの頃のわたしは、そんな簡単なことさえわかっていなかった。

 クズでわがままで、そのうえバカでした。もうしわけない。


「精神と時の部屋」はこの時代の稀有な生存戦略

 それでも、わたしについていえば、そうした「バカさ」をグツグツ煮込むことになった一人暮らしを、経験してよかったとおもっています。

 というのは、一人暮らしをしたことによって、「自分に向き合う時間」が山ほど、本当に自家中毒になるほどできたからです。

「いびつさ」は、近くに隠す相手がいないと加速します。簡単に言えば、孤独はバカを加速させる。

 それでもそんなバカさ加減に向き合わないと、はじまらない。そうおもうのです。

 一人きりの部屋で、一人で食事して、一人で寝起きしていると、否応なく自分と向き合うことになります。ひとつまみの「焦燥感」を抱えながら、なにひとつアウトプットしない(できない)時間を一定以上すごす。そういう時間が大切なんじゃないか。


 本当にラッキーなことに、わたしが若かった当時はSNSがなかったから、簡単にそういう時間が手に入れられました。今ではそういう時間はさらに貴重になっています。

(もっといえば、当時のバカさ加減をワールドワイドウェブに喧伝することができずに済んだわけで、いやぁ、命拾いしました)

 じゃあ今の若い人が「自分と向き合う」ためにはどうすればいいのか。

 わたしは「本を読むのがいいんじゃないか」とおもっています。


 発信デバイスを持たない紙の本を読む行為は、今や「瞑想」や「座禅」に近い儀式になってきていると感じます。

 インターネットの普及はわたしたちから「孤独でいる機会」を奪いましたが、紙の本を開けばいつでも、「精神と時の部屋」のような、自分と向き合う時間は作れるとおもうのです(これはわたしが「文字族の人間」だからだともおもいます。たとえば「映像族の人間」は映画館に行けばよいし、「料理族の人間」はひたすら料理をしていれば、自分と向き合えるのではないでしょうか)。


『星の王子さま』(サン=テグジュペリ著)に、「きみがそのバラを大切におもうのは、きみがそのバラに長い時間をかけたからだよ」という台詞があります。

 愛情は、ある程度以上「かけた時間」に比例する。

「自分に向き合う時間」を長く確保すれば、そのぶん自分についての言葉が磨かれるはずです。そうして「自分についての言葉」と向き合い続ければ、その言葉に対する愛着もわく。

 わたしはけっこう本気で、こういう「自分と向き合って磨いた言葉をいくつ持っているか」が、この情報爆発の時代に個々人が持てる、かけがえのない生存戦略なのだと信じています。

 それはいつか、「好き」が見つからないと嘆くことになった人が、「好き」を見つけたときに、その「好き」を静かに広く伝えるほとんど唯一の武器になるだろうとおもうのです。

 少なくともわたしはあそこで、あの薄暗いアパートで、自分の好きなものややりたいことを、ぼんやりとですが見つめる時間がありました。


何度試してもここにたどり着く人生への処方箋

 少し話を戻します。

 ときどき、「あの頃の自分」を思い出して、恥ずかしくて切腹したくなることがあります。恥ずかしくて辛くて、もっと勉強なり遊びなり、やっておけばよかったことがたくさんあったんじゃないかと、自分で自分を往復ビンタしたくなります。

 けれどいっぽうで、もしもう一度チャンスをもらってやり直しても、やっぱりわたしは、あの高円寺の薄暗いアパートで、学校へ行って、バイトして、帰って『ぷよぷよ』やって、寝て、起きて、『Tomorrow never knows』聴いて、また学校へ行く生活を送るんだろうなぁ…という予感もあります。


 だとしたら、問題なのは「あの頃の自分」ではなくて、「いまあの頃の自分を振り返っている今の自分」じゃないか。

 少なくとも、「あの頃、あんな生活を送っていなければ…」と思い続けているよりは、いまの仕事を頑張って、生活を豊かにして楽しそうに人生を歩んで、「いやーあの頃も楽しかったですけど、いまのほうが楽しいです」なんて言えるようになったほうがいい。

 過去を受け入れるって、そういうことだよなとおもいます。


『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健著)という本に、あ、これはいい作品なので若い人は特に読んだほうがいいとおもうのですが、「人生とは連続する刹那である」という章があります。

「(過去にあったなんらかの)原因」にとらわれて生きるよりも、「(それを解釈する主体である)今を真剣に生きましょう」という内容が書かれています。

 じゃあ「真剣に生きる」にはどうすればいいか。


 それはたとえば、目の前の仕事に手をつけるってことなのでしょう。

 わたしで言えば、書くべき文章を書いて、見せるべき人に見せる。

 1文字書くごとに、「自分は本気を出せば、すばらしい文章を書ける、という可能性」が減ってゆきます。書かないままでいれば浸れていた甘い幻想に抗って、少しずつ自分の可能性を減らして、代わりに「いまの自分」をひとかけらずつ引き受けてゆく。


 しんどいですよねぇ。

 こんなしんどいこと、年寄りがみんなやっているかというと、全然そんなことはなくて、たいていはだましだまし、ちょっとずつ妥協してなんとか自分と人生に折り合いをつけているんだとおもいます。

 だからこそ、そういう「しんどさ」を引き受ける準備を整えたほうがいい。

 まずは温かいものを食べて、無条件に自分を愛してくれる存在とともに生きることを目指す。そういう方向に顔を向けていたい。

 つまり、近所においしいチャーシュー麺を出してくれるお店を見つけておくのと、犬を飼うのがいいんじゃないかと、わりと真剣に人にも薦めています。

 そうやって時間とお金を稼いでいると、そのうち好きなことや、やりたいことも見つかるんじゃないかな、と。そうおもうのです。はい。


(転載版における追記/本稿はもともと、カツセマサヒコさんの依頼で「MOOOM」というマイナビ賃貸の運営するメディアサイトに掲載されるために書いた原稿でした。そのサイトが(よいサイトだったのですが)2019年9月30日をもって閉鎖したため、こちらへ転載した次第です。転載に際しいくつか修正しております。ご容赦を)


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Sat, 01 May 2021 14:22:16 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/fbf4d0abd17d7/?utm_source=rss&utm_medium=referral 43637 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[「やれ、と言われたことだけやるリスク」は誰も教えてくれない。【改稿版】]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/default/202105011010576197045E0BE8067C8756B568093B876DD16-sm.png

 本稿は、2017年3月に「Work Switch」というWebメディアから「30代に向けた、仕事についての原稿をお願いしたい」というご依頼を受けて書いた原稿です。

 上記Webメディアが2020年12月に公開終了となったため、いくつか加筆してこちらに再投稿しました。

 あれから4年(2021年4月現在)、いろいろあって自分の仕事の環境も社会の風潮も変わって、いまはここに書いた「30代に向けて思うところ」も仕事に対するスタンスも、自分のなかで変わっています。変わっていつつも、根っこのところは同じだなあとも思います。

 そう考えるとすこし恥ずかしいのですが、まあ「恥ずかしがるのはまだ【真っ只中】にいるからだよ」(『かしましめし』4巻/おかざき真里著/蓮井先生のセリフ)と思って、わたし自身、この恥ずかしさを抱えて走ってゆきます。そんなわけで、ひとつ広い心で読んでいただければと。

文/たられば(@tarareba722) 写真/AdobeStock(@chikala、@hakase420、@blanche、@hikdaigaku86、@polkadot、@chendongshan)

■仕事とマンガと失敗と人生の話

 ある日、職場で新刊の企画書をチェックしていると、流しっぱなしにしているラジオから、「仕事にも役立つ名言!(マンガ編)」というコーナーが流れてきました。

 結果は、

6位 「仲間を信じて一人になれ」(『ちはやふる』末次由紀著)
5位 「一生懸命な時はみんなダサいよ」(『午前3時の無法地帯』(ねむようこ著)
4位 「目標がすでに実現しているかのように行動することで目標を真に達成できるのだ」(『ドラゴン桜』三田紀房著)
3位 「いやな仕事で偉くなるより好きな仕事で犬のように働きたいさ」(『課長 島耕作』弘兼憲史著)
2位 「“努力する”か“諦める”か、どっちかしかないよ。人間に選べる道なんて、いつだってたいていこの2つしかないんだよ」(『ハチミツとクローバー』羽海野チカ著)
1位 「本気の失敗には価値がある」(『宇宙兄弟』小山宙哉著)

 とのこと。

「本気の失敗」かあ…。

 4位の『ドラゴン桜』と1位の『宇宙兄弟』は、コルクの佐渡島庸平さんが担当した作品なんですよね。

 こういうランキングを作った時に、担当した作品が上位に2つも入るってどんな能力なんだろう。そして自分が働いている出版業界には「そういう人」がいて、商業誌を作るということは「そういう人」がぼこぼこいるリングで生き残っていかなきゃいけないってことなんだよなぁ……などと考えていました。

 まあ書店に行けば、佐渡島さんの担当作品だけでなく村上春樹とかドストエフスキーとか手塚治虫とか尾田栄一郎の作品が並んでいるわけで、その中でも自分の作った本を手に取ってもらえるような仕事をしなけりゃいけないわけです。


 いやーひどい話だなー。レッドオーシャンにもほどがある。マイク・タイソンとボブ・サップと朝青龍がいるリングに上げられて、「なんとか生き残ってください」と宣告されたようなものですよ。

 よく「この先、メディア競争は厳しくなる」と言われますが、それって具体的にどういうことかといえば、これまでは業界で1600位とか3200位とかでもそれなりに豊かに生きていけたのが、マーケットが狭くなって1位とか2位とかがすぐ隣に居ることになるってことなんですね。

 手元の新刊企画書を眺め直しながら、でも、それでも仕事しよう。と思うのでした。読者のためとか、会社のためとか、家族のためとか、世の中のためとか、そういう前提を全部踏まえたうえで、そのうえで自分のために働こうと。


 閑話休題。いただいたお題は「30代へのエール」でした。

 こんにちは。たらればです。某出版社で書籍の編集者をやっております。ツイッターで仕事についてあれこれ書いていたら、原稿をご依頼いただきました。とりたてて筆力に自信があるわけではありませんが、「背伸び」が好きなので思いきってお受けした次第です。

 そうそう仕事。30代の仕事ですよね。

 説教も訓示も苦手なので、自分と身の回りの話をしたいと思います。

■「仕事」に向き合う、ということ

 前述の佐渡島さんの担当した作品には、(上記『ドラゴン桜』、『宇宙兄弟』に、『働きマン』(安野モヨコ著)を加えて)おおむね共通のテーマがあると思っています。個々の物語や設定、キャラクターの魅力に加えて、「勉強や仕事に全力で向き合うのって、楽しいしやりがいがあるよ」という、ある種の普遍的なメッセージがあると思うのですね。

 世の中には、「勉強や仕事に全力で向き合って必死になるってダサい」とか、「勉強や仕事はあくまで人生を楽しむ手段のひとつであって、楽しみも生き甲斐も“それ”以外で探したほうが充実した人生を送れる」という考え方が、けっこう深く広く浸透しています。

 私も一時期、そう信じていました。

 だからそういう考えを否定するつもりはないし、うんうん、人生の楽しみ方は人それぞれ。そういうユルさ、私も好きです。

 ただ今の私は「仕事にきちんと向き合いたい人」なんですね。前述の『宇宙兄弟』も『ドラゴン桜』も『働きマン』も、そういう人に刺さった作品なのだと思うのです。

 だって周りを見渡してみましょうよ。目に入るたいていのものは「誰かの仕事で出来たもの」です。自分の人生だけ見たって1日の大部分を占める仕事とちゃんと向き合うってことは、「自分と向き合うこと」なわけでしょう。

 だからこそしんどいのもわかるし、だからこそ辛いのもわかります。全力を出すには、まず自分の全力が周囲にも自分にも分かっちゃうというリスクがありますからね。

 そして、だからこそ踏ん張りたい。

 踏ん張るために足場を作る時期が、まさに30代なんだと思います。


■誰も教えない「やれって言われたことだけやる」リスク

「やること」がひたすら上から降ってきた20代に比べて、30代って「自分がやっていること」と「自分に出来ること」と「自分が出来るようになりたいこと」がハッキリ見えてくる時期なんですよね。

 そこから目をそらさずに働いてないと、周囲とものすごく差ができちゃう残酷な時期だとも思うのです。

 これ、不安を煽っているわけじゃなくて、本当に「やれって言われたことだけやっていること」のリスクって、誰も教えてくれないんですよ。教えてくれないのに、どんどん差がつく。ひどい。

 じゃあ「やれと言われたこと」以外で何をやればいいかといえば、そこは怒られるリスクをとって、自分でやるべきだと思う「余計な仕事」をやるしかない。

「余計な仕事」って、地図もルールもわからないのに正解を出さなきゃいけないってことです。いや本当にひどい話だなあ。しんどかったら休憩してくださいね。休み休みいこう。

「センスがいい」とか「よく気がつく」ってのはつまり「敏感でい続ける」ってことだし、「メンタルが強い」ってのはつまり「鈍感でいる」ってことです。疲れるけどこの正反対の感覚を上手い具合に使い分けましょう。ホント疲れるけどね。


 で、だ。

 失敗やミス、叱られたり怒られたりすることを恐れる想像力ってとても大切なんですけども、それが行き過ぎると目標が立てられなくなっちゃうんですね。目標が立てられないとどうなるかというと、今の自分と未来の自分との距離感が掴めなくなる。

 それはいくらなんでもマズいだろうと。

 だからこそ「自分がやっていること」と「自分に出来ること」と「自分が出来るようになりたいこと」からは目をそらさないようにしたいわけです。

■具体的にどんなことをやればいいか

 ひとつめは、目の前の仕事をより丁寧にやってみる、です。

 うーん、当たり前だなー。いや案外これがね、意識してやってみると新鮮だったりするんです。まあ聞いてくれ。

 いつだったか旅番組を見ていたら、芸人のふかわりょうさんが、一緒にレポートしているアイドルにすごく興味深いことを語っていました。

「自分が休業している時にテレビをつけるとね、どんどん代わりが出てくるんです。もう次々に、どんな仕事でも自分の代わりが出る。最初はそれを見ていて“ああ……これ、俺じゃなくても、誰でもよかったんだな”って落ち込んだんだけど、しばらくすると別の考え方をするようになったの。

 そうか、あの仕事は誰がやってもよかったけど、その中であえて俺に振ってくれたのか、と思うようになったんです。それからは、誰でも出来る仕事、誰がやっても同じような仕事こそ大切にしなきゃって思うようになりました」

 番組内では相手のアイドルに話を全然聞いてもらえなくって、せっかく熱く語ったのに空振ったみたいな感じになっていたのですが、画面のこっち側の私にはズドッと突き刺さった言葉でした。


 ふたつめは「企画書」です。WordでもPower Pointでもいいので、書店で「カッコいい企画書の作り方」みたいな教則本を買ってきて、作れるようになっておきましょう。企画書って、自分の頭の中にあった考えを「文字」に落とすだけじゃなくて、味方を作るために必要なものなんですね。


 アフリカのことわざに、「早く着きたければひとりで行け。遠くに行きたければみんなで行け」というものがあるそうです(「アフリカのことわざ」ってなんなんでしょうね。範囲広すぎだろっていう)。

 仕事の種類によって「早く着くこと」が大事なこともあれば、「遠くに行くこと」が目的なこともあるでしょう。こうした使い分けって大事なんですが、じゃあ遠くに行くぞってなった時、一緒に旅に付き合ってくれる仲間を得るのに企画書が必要になってくる。

 綺麗な企画書は優秀な「共犯者」になってくれます。これを身につけない手はないですよ。

 あとね、企画書が作れるようになると、「降ってくる仕事」をこなすだけでなくて、「自分で仕事を降らせること」が出来るようになります。

 これは実感ベースの抽象的な話ですが、「企画書」は、人と人との間に挟む書類です。だから「矛」にも「盾」にもなる。仕事ってほとんどが、基本的には人と人とが対面する必要があるんですが、そこに企画書が介在すれば、相手と真正面から向き合うのではなく(向き合っているといずれぶつかることもあるので危ない)、同じ方向に進むことができるようになるんですよね。

■自分の30代は「失敗」だった

 長くなりましたが、もう少しだけ。

 実のところ私、20代の頃は毎日「30歳になったら会社を辞めよう」と思っていました。同業他社に転職するかフリーになるかは決めていませんでしたが、目の前の辛さや苦しさから逃げ出すために、「一度リセットすることも大事だよな」、「少なくとも外に出ても大丈夫なくらいの実力を付けておくことは重要だよな」という言い訳にすがって、毎日「30歳になったら辞める」と思っていました。

「ここではないどこか」へ行きたかった。どこかへ行くために走り続けることだけが、人生の意味なんだとさえ思っていた。

 そうして30歳になった年に、「32歳になったら辞めよう」と考え直しました。

 すみません意志薄弱で。

 ご想像のとおり、32歳になったら「35歳になったら辞める」、35歳になった時には「37歳で辞める」と考え直して、今も会社辞めてません。結果として20〜30代の多くの時期、「会社を辞める」という目標に失敗し続けて、今に至っています。

「本気の失敗には価値がある」と、『宇宙兄弟』の主人公・南波六太は言いました。「失敗しないようなシステム作り」よりも、「失敗してもその経験を活かせるシステム作り」のほうが優れているケースが多々あります。

「人生」もそうなんじゃないかと思うわけです。もちろん、私の「失敗」に価値があるかどうかは、今の時点ではわかりません。ただ「いつ会社を辞めても生きていけるような技術と人間関係をもっておこう」と考えて過ごしてきた時期には価値があったんだなと、そう思えるような「これから」にしたいなと思っています。

 これを読んでいる、特に30代の皆さまの仕事と人生に幸多かれと、お祈り申し上げて本稿を閉じたいと思います。では。



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Sat, 01 May 2021 10:11:05 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/1984ef9ffe029/?utm_source=rss&utm_medium=referral 43613 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[第5部 質疑応答百人組手 「SNSは農業である」]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/114/20191004200641025BB4B2970835AE6500C658A65E8AB91DF-sm.png

たられば:では会場から浅生鴨さん、SHARPさん、ご両名への質問を受けつけます。


質問者1:推敲する時間なども含めて、一日にどれくらいの時間をツイッターに使っていたのでしょうか。

 

浅生鴨:通常の仕事が終わって帰るまでの間だから…40分くらいかな。もうちょっとか。小一時間かけて翌日のツイートを全部仕込んで、あとは仕事の合間に自分の席に戻って、ツイッターとかを見る余裕があったらちょっと見て……。正味、一日に一時間半から二時間くらいかなという感じです。

SHARP:僕は切り分けがなくて、たとえばツイッターやりながら会議とかやってるんで、基本的には人の話半分くらいしか聞けない状態ではあるんですけど、基本的にずっと並行させています。なんていうか、脳みその中でアプリがふたつ立ち上がっているみたいな感じです。

たられば:ちなみに僕は5~6時間かけています。

浅生鴨:多いですよ。

たられば:ですよね……(苦笑)。趣味がツイッターなので。


質問者2:「人格を切り分ける」っていうお話がありましたが、いきなり切り分けられるものなんでしょうか。その「人格」を作るときに、どういう過程で気をつけるか、というか、コツがあれば伺いたいです。


浅生鴨:僕はある程度(自分と)切り分けたほうがNHKを背負わせられるなと思って、昔ゲーム会社でゲームキャラクターを作る専門の人に相談に行って、キャラクターの性格設定についていろいろ相談して準備をしました。「こういう人格にしたいんですけど」っていう要素がいくつかあって、「だったらこういうふうに作ったらいいんじゃない」とか、「こういう言葉使いがいいんじゃないか」とか。

たられば:かなり作り込んだんですね。

浅生鴨:まぁ、それでもだんだんズレていくっていうか、お客さんに反応によって変わっていきますよね。あの、小松政男さんが、最初は「いやよいやよ」のギャグで始まってたけど、だんだん小松の親分みたいになっていく、みたいな……わかんない例ですいません(笑)。

たられば:わたしは分かりました(笑)。

SHARP:たぶんそのキャラとか性格を作っていくっていうのは、一般的にいう「ゆるキャラ」みたいなんを作って何か特徴的な語尾付けて…っていうのとは、ちょっとちがうような気がしてるんですけど。

浅生鴨:そうね。それは違うね。なんだろう。でも自分じゃないんですよね。

SHARP:そう、だからたぶん半分くらいなんです。僕は(キャラクター作りを)決めなかったと思っていますけど、でも僕も「半分社員を辞めてる」ってのがあるから、その距離感で話すとちょうど僕と相手の真ん中くらいにある程度こう、体温を持った人格みたいなのが立ち上がるようにイメージはしていました。

たられば:この話は、『中の人などいない』の最初のほうに書いてあった、「友達になりたいと思われるキャラクターを作ろう」っていう話がすごく印象的でした。優しくて、誠実で、ちょっと天然が入っているっていう3条件。そこはかなり意識したんですか。 

浅生鴨:そうですね、意識しました。フォロワーといかに友達になるかってことをすごく考えたので。まぁ、そもそも僕自身はすごく友達が少ないんですけど、クラスの中であの人と友達になれたらなって思った人ってどんな人だったかなって。で、こういう感じの人だったよねっていう。

たられば:それは、ツイッターをやっていれば(そのキャラを)作れる、という自信があったんですか?

浅生鴨:僕、ドラマとかも書くので、キャラを描くことにはなんの抵抗もないです。


たられば:あー、脚本作りなんですね。シャープさんどうですか。

SHARP:僕は先程申し上げたとおり、もともと広告をやっていて、その時は正しいと思ってブランディングとか企業イメージ、あこがれの獲得……とかをすごくお金かけてやっていたんですけども、そういうのって本当に一瞬で、例えば3000人リストラとかしたら一瞬でなくなったりもするわけです。

たられば:消えてしまうと。

SHARP:一瞬で消えます。でね、「シャープ」っていう単語は、知らない人はあんまりいないんです。僕が何を喋ろうが、皆さんフォローする前になんらかイメージがあるわけです。そういうシャープのイメージと僕の間、隙間ですよね。人間って、ちょっとギャップがあったほうがだいたいいい方向に作用するんで、その人が持ってるシャープのイメージを、半分くらい裏切るような言動をしたりとか、そういうことを考えていた気がします。

浅生鴨:あんまりガチガチに決めないんですけど、でもまったく決めないと「地」がでちゃうというか。いや「地」でいくならならそれでもいいんですけど、いざというときにしんどいので、少し自分と違う人格を作っといたほうが、なんだろうね、ラジオのパーソナリティをやる人とか、ちょっといつもと違う、人前でスピーチをする時の自分とか、「いつもの自分と少し違うもうひとりの自分」をベースにしとくのがいいと思います。

SHARP:死なないためにも、そうしたほうがいいと思います。

たられば:物騒ですね。

 


質問者3:スタッフから「ゆるいツイートをしたい」という相談を受けています。「ゆるいツイートをしたいんだけど、弊社は全国に600店舗くらいお店があって、それで怒った人がお店に殴り込んで来ないでしょうか」って言うんです。お二人ならなんてアドバイスされますでしょうか。


 

浅生鴨:「怒った人が600店に来るかもしれない」と。「だから頑張れ」と(即答)。


(会場ザワつく)


 浅生鴨:不安になる気持ちはわかるんですけども、でも「来た客は掴んで離すな」っていう話じゃないですか。そこでクレームが来るってことは、フォローしてるってことだし、御社に関心があるわけでしょう。だから、怒鳴り込んできた人の話を聞いて、怒っている理由が真っ当だったら「すいませんでした」ってちゃんと謝って、で、「ところでこの商品なんですけど」ってやったほうがいいんじゃないですか。他人事だから言ってるんですけども。


たられば:(苦笑)。どうですかシャープさん。

SHARP:まぁそれ、僕も似たようなこと言われたり聞かれたりは、すごくよくありますけど、まず、やっていない人ほどインターネットを怖い場所だと思っていますよね。やってみれば、インターネットってそんな、怒ってる人ばっかりじゃないってわかるでしょう。

たられば:あー、炎上関係のニュースでしかSNSを知らない人は、まあSNSを怖がるし嫌悪しますよね。

SHARP:僕にくるリプライのなかでも「怒りのツイート」って、ほんのわずかしかないわけです。まず、人間そんなに怒ってないってのを、そこはもうちょっと信じてもいいんじゃないかって思います。

たられば:たしかに。


SHARP:あともう一個は、ゆるいかゆるくないかはどっちでもいいんですけど、「こいつはそういうことを言うヤツだな」って思われるにはある程度の時間がかかるんで、それはもう、やってみるしかないですよね。しばらく続けなきゃ「いい」も「悪い」もないです。

浅生鴨:やってみて、ひとつクレームが入ったからやめるんじゃなくて、ある程度積み重ねて「こいつはこういうやつなんだな」って思ってもらわないといけないんですよね。そうするとある程度自由に振る舞えるようになるし、文脈が作れるようになるので。

SHARP:何をするにしても「しばらく時間がかかる」ってのは、もう確かなんですよね。それはもう、めげずにやるしかないです。そのときに守ってあげる人が会社の中にいれば、それはすばらしいことなので、そのポジションにいてあげればいいんじゃないでしょうか。

 

たられば:これは先ほどの「たくさんリツイートされるツイート」だとか、いまの「ユルいツイートはどうすれば」っていう話にもつながるんですが、SNSでの振る舞いやアカウントの作り方っていうテーマで話すと、どうしても言葉単体、「ひとつのツイートをどう加工するか」という話になりがちなんですけど、今日会場に来て聞いていただいたお客さんはもう気づいていると思いますが、登壇しているご両名はずっと「キャラクターの話」をされているんですよね。点ではなく線、単語ではなく姿勢や人格の話をしている。このことはもうちょっと強調したほうがいいなと思いました。姿勢や人格の話であるからこそ、第一にまず「時間がかかることなんだ」と。


浅生鴨:あのですね、「農業」です。SNSは農業なんです。

SHARP:そう、アグリカルチャーですよ。

たられば:はい?

浅生鴨:耕して、種をまいて、育てて、花が咲いて、実ができて、それでようやくいくらか収穫できるという。

SHARP:アンチ狩猟ですね。

たられば:おお…ここにきて今日イチの名言がくるとは……。


浅生鴨:本当に、ぱって餌を巻いたら魚が寄ってきて、それを「があーっ」て網で取るような、プロモーションとか広告とは真逆の発想です。

SHARP:最近SNSが発端になって企業イメージが下がる事件が多くて分が悪いんですけど、でもこういう農耕的なコミュニケーションって大切だし、そこはなんとか担当者が踏ん張るか、会社が守ってあげるとか、いろんなやり方はあると思いますけど。

浅生鴨:それと、やっぱり「数を!」って思っちゃうと農業ってうまくいかないんですよね。考え方としては「育てる」っていう作業なので、「一本の苗をどこまで大きくできるか」のほうがいいですよね。


 

質問者4:わたくしどもは担当者2名でひとつのアカウントを運営しています。まず「ひとつのキャラ」を複数人で担当することが誠実であるのか、という悩みがあります。それと、いずれは担当者が代わって誰かに引き継ぐこともある中で、その「キャラの継承」っていうのをどういうふうに考えられてるのか伺えればと思います。



浅生鴨:僕は、(NHK_PRの)キャラを継承するためにあの本(『中の人などいない』)を書いたようなもので、それを読めば僕のやりたいことがだいたいわかると思います。ただ…そうですね、今だと「リアルタイム性」だとか「リソース」とか「働き方改革」とかいろいろあって、うまくいかないこともあるとは思います。そういう時は、「できないときはできない」ってことをちゃんと書いて、そっちの誠実さを出したほうがいいと思います。

たられば:「そっちの誠実さ」。

浅生鴨:「実は今日は働き方改革のため、リアルタイムツイートができないので自動設定にしてこういうツイートしてます」とか。

SHARP:そういうことを話すと、無理して呟くよりも「人間」が立ち上がりますよね。

浅生鴨:頑張って無理してやるよりは、ダメなときはダメな部分を見せたほうがキャラ立ちするという。一度、プロデューサーが寝坊してしまって、「寝坊した」ってツイートしたら、今までにないくらいコメントをいただいたことがあります。そういう人間味がでたのかなって。

SHARP:失敗は極力見せたほうがいいですね。


たられば:シャープさんどうですか。いまは業務として担当しているわけで、いずれは異動だとか移籍だとかがあると思いますけれども。

SHARP:「この先どうすんの」みたいな話はよく聞かれます。僕がいつも思っているのは、「ツイッターアカウントはお客さんと同じ目線で喋る入れもの(容器)である」ということで、だから担当者が変わることは可能だと思っています。

たられば:「入れもの」ですか。


SHARP:たとえば『オールナイトニッポン』とかって、パーソナリティが代わりながらも、ずっとファンがいるでしょう。その時代時代で親密な時間と関係をリスナーと築いていますよね。あれは、それぞれが自分のやり方で喋り続けているからファンがいるわけで、僕はそれと同じように持っていきたいとも思ってるし、人格を引き継ぐ必要はないと思っています。

たられば:あーなるほど、たしかにラジオ番組はそれぞれ個性を出して引き継がれていきますね。

SHARP:入れものがあるんだから、中の人が代わったら代わったで、その人が親密なコミュニケーションを、その人なりにしていくってのが「ソーシャルコミュニケーション」だと思います。


浅生鴨:NHK_PRも「これからは二号に引き継ぎます」って言って引退表明をしたんですけども、あれは自分でもびっくりしたんですけど、まるで寄せ書きのように七千とか八千くらい「さよならコメント」が来たんです。

たられば:人徳だなー。

浅生鴨:(SHARPアカウントも)引退宣言したら、そういうのくるから。

SHARP:来るかなぁ…。次の人は嫌やろうなぁっていうのは容易に想像がつくんですけどね(苦笑)。

浅生鴨:一回引退してすぐ戻ってきたら?

SHARP:フェイク引退。「次の人が見つかりませんでした」って帰ってきて。

たられば:次の質問の方、どうぞ。



質問者5:社内からやっぱり「すぐ結果が出るんでしょ」という期待だとか、「どう成果が出るのか?」と聞かれたりするんですが、お二人はいまの農耕型スタイルを、どう(社内に)納得させたんでしょうか?


 

浅生鴨:「効果は出ない」ってことを、とにかく言い続けました。要するに、「ツイートしたら視聴率が伸びるとでも思ってんのか」っていう、「そんなわけないだろバカ」っていうのをずっと言い続けました。

たられば:そんなわけないだろう、と。

浅生鴨:なんか、そこで期待されても困るというか、道具としての目的が違うんだよと。この道具は「そのための道具」じゃないんだ、「だからそう言ったってあなたの望む結果は生まれません」って、とにかく言い続けました。ものすごく大変でしたけど。

SHARP:なんか、「下品なこと言いなさんな」っていうような空気を出したほうがいいと思います。「やったらこれだけ売れるとか、そんな下品なこと、あんたよう言いますねえ」って顔をしたほうがいいです。

浅生鴨:ツイッターで売れるくらいなら最初から売れてますよっていう。

SHARP:広告のテクノロジーっていっぱいあるんやから、もっといい本とか手法があるから、やりたいならそっちでやれよって。

浅生鴨:ツイッターで売れるならテレアポで売れますよ。DMで売れます。


(会場爆笑)


たられば:いまお二人も笑ってて会場もウケてますけど、かなりめちゃくちゃなこと言ってますからね、この人たち(苦笑)。


SHARP:ついでに乱暴なことをもうひとつ言っておくと、僕めっちゃ怒られてきたし、「いかがなもんか」って(社内で)めっちゃ言われました。そういうときに「この人はなんでそんな、いかがなものかなんて言うんだろう」ってよく考えていくと、「ちゃんと決裁をとったのか」とか、そういう話なんです。

たられば:決裁、ですか。

SHARP:はっ! って気づいたんです。これは会社の金を使うから、金を使う前に、金を使ったらどうなるかっていうのを証明せなあかんから、決裁というものがあるんやなって気づいたんです。そこで「じゃあ一回、会社の金を一銭も使わずにやろう」って決めて、今に至るんですけど、案外こう、「会社の金は使いませんので」っていうことにしておくと、やんややんや言う人は減りますよ。

 

浅生鴨:これはみなさん一番ご苦労されるところだと思うんですけど、「なんですぐにフォロワーが増えないんだ」とか、「こんだけフォロワーがいるのになんで商品が売らないんだ」って言ってくる人は結構いるんですよね。

たられば:めちゃくちゃたくさんいます。

浅生鴨:でもフォローする人たちは別に商品が欲しくてフォローしてるわけではなくて、やっぱりコミュニケーションとしてフォローしてるわけです。もしかしたらこの先、そこが極まって、いざ何か商品を買おうかってときに、「じゃあ普段コミュニケーションしているあの人のを」っていうくらいの届き方なので、本当に売りたいんだったら広告宣伝にお金をドンと使ったほうが届くとは思うんですよね。まあそれで売れるかどうかは別にして。

 SHARP:何を売るかにもよると思うんですけど、たとえば僕の会社は冷蔵庫を売るわけです。冷蔵庫って10年に一回くらいしか買わへんのに「ツイートしたら売れる」ってのは大間違いでしょって、ちょっと考えたらわかるのに。

たられば:(笑)

SHARP:普段から狩猟(的なコミュニケーション)やっていると、「やったらこういうリターンがある」っていうのに慣れてしまっているんです。たぶんこれ、一種の病気やと思いますよ。

 

■質問者6:ツイッターでアウトプットし続けているとどうしてもインプットの時間なくなってきて、しんどくなるような瞬間もあるんですけど、お二人はどういうふうに情報をインプットされてますでしょうか?

 

浅生鴨:ツイートに生きているかどうかわからないですけど、僕、本はいっぱい読んで、映画をいっぱい見て、海外ドラマをいっぱい見ています。最近はほぼそれだけです。

たられば:レガシーメディアというか、旧来のものをたくさん吸収してるということですね。

浅生鴨:NHKでツイッターを担当していた時は、タイムラインをすごい見ていました。何十万人とフォローしているタイムラインを見ていれば、知らないものがどんどん目に飛び込んでくるんです。あと、NHKの番組表を見ているといろんなことが書いてるので、それは僕にとって楽でしたね。

たられば:SHARPさんはどうですか。

 

SHARP:僕、もともとDJをやってたんですけど、そのDJのやり方がツイッターのやり方にめっちゃ似てるなと思ってます。えっと、この話するとたぶん3時間くらい話せるんですけど…。

浅生鴨:あ、わかる。僕はラジオ番組の感覚、ラジオとかDJとかの「場を回す」っていう感覚なんですよね。

たられば:ええと…申し訳ないんですが、3分でもう少し分かりやすくお願いします。

SHARP:DJって、今はもうだいたいパソコンになっちゃったんですけど、昔は手持ちのレコードを100枚持ってきてプレイするって感じでした。その100枚で「場」を作って回す。手持ちのもので、順番に工夫しなきゃいけないっていうのがあって、それはたぶんその場のレスポンスで即興的に、次に何を言っていくか考えるとか、スクラッチを入れるとか、あえて同じ曲をかけるとか、そういうDJの手法っていうのが、ツイッターのやり方と似てると思っているんです。

たられば:あー、先ほど『オールナイトニッポン』の話も出てきましたが、確かにラジオも、それからクラブのDJも、手持ちの素材でやりくりしながら、しかも双方向ですよね。コミュニケーションして「場」を作っていく感じで。

SHARP:そういう感覚があると、お客さんも「一緒に作ってる」って思ってくれて、愛着を持ってくれるとも思うんです。


★         ★        ★


たられば:えー、本日はみなさん、長々ありがとうございます。お疲れ様でございます。まだまだ質問も話題も尽きないのではありますが、お時間となりました。本日お二方に語っていただいた内容は大変大変含蓄があり、広く役立つものだと思います。会場に来ていただいた皆さまも、テキストで御覧になっている皆さまも、ぜひこのことをSNSで呟いていただき、広めてもらえればと思います。重ねてですが、本日は本当にどうもありがとうございました! もしまた機会がありましたら、お目にかかれましたら幸いです!!

 最後に、本イベントを主催してくださったコルクbooksさん、ありがとうございました! 会場においでくださった皆さん、どうかお気をつけてお帰りください。


(了)

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Fri, 04 Oct 2019 20:06:00 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/91d83c3505af6/?utm_source=rss&utm_medium=referral 4362 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[第4部 『伴走者』著者インタビュー 「中の人」が作家になる]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/114/20191004200606274BB4B2970835AE6500C658A65E8AB91DF-sm.png

「なんでよそから出したんだ」と

たられば:みなさん、そろそろご着席をお願いします。えーそれではここから20分ほど、「中の人」から作家に転身した浅生鴨さんに、著作についてお話を伺います。これ、わりと2018年に読んだなかで一番感動した小説ですね。『伴走者』(講談社刊)、名作です。本日はせっかく作者がきているので、「公式アカウントから作家へ」ってどうやって転身するのかなど、あれこれと聞いてみたいと思っております。



『伴走者』浅生鴨(講談社)


会場:(拍手)


たられば:小説は、NHK在社時、「中の人」の時代から書かれていたんですか?

浅生鴨:えーと、そうですね。2013年頃からかな。まだNHKにいるときに『中の人なんていない』(新潮社刊)をまず出して、あれは小説ではないんですけど、半分小説としても読めるように書いてあって。

たられば:おおー確かにあれは小説としても読めますね。

浅生鴨:ツイッターをやってない人でも、物語として、ある程度楽しめるような構造として作りました。それを読まれて、講談社の方が「小説を書きませんか」って声をかけてくださって。

たられば:いきなり編集者から連絡が。

浅生鴨:最初はエッセイかな、「書きませんか」って言われて、どう断ろうかといろいろ考えたんですけど、結局断れなかったというか、小説を書くことになりまして、まぁしょうがなしに書いて。それがデビュー小説ということで世に出て、そのあとにそれを読んだ新潮の方が「なんでうちから本(『中の人などいない』)を出したのに、ほかから小説出したんだ」ってなって。じゃあ、新潮社でも書きますか、ってなって、今に至る感じです。

たられば:まさに受注体質ですね。気づけばここにいた、と。それで、このタイトルにもなっている『伴走者』というモチーフ、(障碍者スポーツの伴走者という)かなり特殊なテーマだと思うんですけど、このテーマを選ぶきっかけというのは、なにかあったんでしょうか。


浅生鴨:僕、NHKでずっとパラリンピックのCMを作っていまして、これはもう十何年ずっとやってるんですけど、その時にソチのパラリンピックのCMを作ってる時に、スキーの伴走者をテーマに一本CMを作ったんです。そこで「伴走者って面白いなー」って思ってたんですね。それで、講談社の方から「なんかそろそろ長編を書け」って言われた時に、企画を3本くらい、『伴走者』とあと2つくらいあったんですけど、「どれがいいですか」って言ったら「じゃあ伴走者で」って言われたんです。


たられば:なんというか、「ゆるい」というか…。

浅生鴨:まぁ別に3本の中ではどれでもよかったんですけど、CMを作っているときは「面白い存在がいるな」ってのは頭にありました。

たられば:執筆期間や取材期間というのはどれくらいかかったんでしょうか。取材人数や期間など教えていただけるとありがたいです。

浅生鴨:えーと、まずは「夏編」を書き始めて、それは2年くらい取材して、まぁちょっと書き始めてたんですけど、なかなか書き進められなくて、ずーっといろんな、現役の伴走者だったり、マラソンランナーだったり、知覚障害者だったり、海外のレースとかも見に行ったりしていました。

たられば:2年は長いですね。

浅生鴨:取材してると「いまはまだ取材中で」って言って、書かずに済むじゃないですか。

たられば:た、確かに。

浅生鴨:それでずっと取材してたんですけど、リオのパラリンピック(2016年9月)が迫ってきちゃって、「そろそろリオだから」っていうことで慌てて詰め込むようにして、書きまして。で、それが『群像』っていう雑誌に、ちょうどリオ・パラリンピックが始まるタイミングで売られる号に載りました。

たられば:載ってよかったです。

浅生鴨:それが終わって、普通に「続きにもう一本、なんか書いてくださいね」ってなった時に、「そういやなんか、冬の伴走者も面白いよね」ってなって、それもやっぱりダラダラ書かずに放置していて、やっぱり2年くらい取材をしまして。

たられば:ひとりの編集者として、なんだか恐ろしい話を聞いている気がしてきました。

浅生鴨:もうちょっとで取材終わりますからって言い続けてたらずっと書かずに済むなと思ってたら、やっぱり平昌パラリンピック(2018年3月)が近づいてきて、「もう平昌だからいい加減に書け」って言われて、それで慌てて書いて平昌の直前に出すという……。

たられば:「こういう理由があるんだから、書け」と言われたらちゃんと書くあたり、鴨さんのすごいところだと思います。

浅生鴨:ええと、だからまぁトータル4年ですね。「夏編」を2年取材して書いて、「冬編」を2年取材して書いてっていう。

たられば:トータルで何名の方から話を聞いたんでしょうか?

浅生鴨:会った人は…たぶん100名は超えてると思います。だからドキュメンタリー番組を作るのと変わらないですよね。

 

たられば:すごい人数ですね……。続いては、キャラクター造形についてお聞かせください。『伴走者』には、非常に性格の異なる四人の主要キャラクターが出てきます。それぞれ立場も違えば、背負ってきたものも違うし、非常に対照的でもある極端なキャラでもあるんですけれども、これはそれぞれ鴨さんの一面なんでしょうか。それとも取材で引っ張ってきたキャラクターなんですか。

浅生鴨:取材で会った人たちの中から、面白い要素を混ぜて作ったキャラです。

たられば:それは何か、履歴書みたいものを作るんですか?

浅生鴨:途中で混乱したんで作りましたけど、基本的にはやつら(キャラクター)任せというか、力任せというか。

たられば:キャラクターがはっきりすれば物語が動いていく感じですか。

浅生鴨:ですね、もう特に何もしないです。


たられば:『伴走者』は視覚障害者の話ですよね。そういうキャラクターの「世界の感じ方」を描くというのはなかなか難しい部分があると思うんですが、すごくハッとしたシーンがありました。中心人物の一人が視覚障害者なんですけども、その彼が「影の濃さがわかる」と言うエピソードがあるんですね。肌にあたる太陽光の具合で、地面に落ちている影の濃さが今どれくらいか、わかると。これとても驚いたんですけど、実際にそういう話を誰かから聞いたんですか?

浅生鴨:いや、あれは僕の想像です。

たられば:そ、想像。

浅生鴨:すいません。でも、たぶん普通に、目をつむってしばらく生活していれば、その時の影の濃さって体温でわかるものですよね。夏の日差しで「あ、今は影の濃いところにいるな」って、そういうことに敏感になる感覚があるでしょう。

 

たられば:なるほど……。もうひとつ、これも「内田」の話だったと思うんですけど、「見えていないけど、音の来ない方向がわかる」と。「だからそっちは壁がある」ということがわかるようになってくる…という話もありました。

浅生鴨:あ、それは取材をした人から教えてもらいました。

たられば:ははぁ…なんというか、本当に、「取材したこと」と「自分で獲得したこと」のミックスがキャラクターと物語になっているわけですね。

浅生鴨:そうですね。だからこれを読まれた方から「パラリンピックについてよくわかりました」とか言われたりするんですけども、あぁぁぁいやこれはフィクションですから…という、その、なんだろう、『ブラック・ジャック』を読んで「医者のことがよくわかりました」って言っているのと変わらないんですよね。

たられば:な、なるほど。

浅生鴨:もちろん事実をベースにしてる部分もありますけど、でもやっぱりフィクションなので、あんまりその…「わかった」とか言われちゃうと困っちゃうんです。むしろ「面白いな」っていうのをきっかけにパラリンピックを見てくれるぶんには大歓迎なんですが、「こういうことだったんですね!」って言われちゃうと、悪いことした気がして困るなぁ…という気がしてしまいます。


ツイッターは小説を書く役に立つのか


たられば:SHARPさんも浅生さんに聞きたいことがあるという話ですが。

SHARP:あ、はい。もちろん、僕もこれ読んで「すげぇ」って思ったんですけど、小説って物事が直線的に進まないでしょう。だからたとえばいい感じのツイートを積み上げていったらそれが小説になる…っていうのは……やっぱり違いますよね? という話を聞きたいなと思って。

浅生鴨:そういう書き方する人もいますよね。

SHARP:そうなんですか。

浅生鴨:スマホに短文をこう…(すっすっすっと)書いて、それを重ねていって、で、最後にちょっと入れ替えとかはするけど、っていうタイプの人もいます。

たられば:燃え殻さん(『ボクたちはみんな大人になれなかった』新潮社刊)はそうやって書いたって言ってましたね。

浅生鴨:「スマホで書いた」とは言っていましたが、140文字かどうかは知りません。

SHARP:だからたぶん、ツイッターの経験が役に立っているわけではないんだろうなとは思うんですけど、でも僕がこれを読んだときに、ひとつだけ「ツイッターっぽいなぁ」と思ったところがあるんです。

たられば:ツイッターっぽい。

SHARP:「夏編」のところで、書き出しが、これ、『走れメロス』を意識していますよね。で、ゴールした直後に赤いタオルをかけられるっていうのも『メロス』の終わり方で、真ん中らへんではほんまに『走れメロス』って言っちゃうところがあって。こういうサンプリングの仕方とかネタバレの手法が、すごくツイッターっぽい構造だなって思ったんです。

浅生鴨:ツイッターは意識してないんですけど、まぁでもわざとネタバレを途中で挟み込むっていうのは、もしかしたら、そういう文脈があんのかなぁ…。


たられば:すごい単純な話なんですけど、「夏編」と「冬編」、どっちが苦労されましたか?

浅生鴨:冬のほうが取材が大変でした。まずスキーですから。夏は(マラソンがテーマなので)走ってるいのを見ていればいいんですけど、冬って下で待っていると全然来ないんですよ。だから登って行くしかなくて、で、行くとこの人たち、とんでもない斜面を滑るんですよ。「こんなとこ行くんですか」っていうところへ行かなきゃいけなかったんです。それに比べると「書く」っていう作業自体は、夏も冬もそんなに変わらないですよね。どっちも尻に火がついて、もう泣きながら書きましたけれども。

たられば:泣きながら書かれたところで大変恐縮な質問なんですが……次回作の構想っていうのはどうでしょう。

浅生鴨:もうなにもないです。


たられば:たとえば人と話してたり街を歩いてる途中に、「あ、これは本にできそうだな」っていうのを見つけたりしたら、メモとかとるんですか?

浅生鴨:取らないです。まず「本にできそうだな」とか思わないんで。

たられば:お、思わないんですか。

浅生鴨:一応いまも依頼はいくつかいただいていて、もちろん書く準備は始めています。実際書き始めているものもいくつかあるんですが、でもメモは取らないですね。『伴走者』を書く時は、ちょこちょこメモとったんですけど、結局そのメモはいっさい見ませんでした。メモってその場で書くことそのものに意味があって、あとから見返しても「その空気」とかは残ってないんですよね。

たられば:「空気が残っていない」ですか。

浅生鴨:むしろその場の空気とか、その人の目の感じとか、人に取材するときは、「本当はこの人はこういってるけど体の中で怒ってたんだろうな」とか、そういう印象を覚えるようにしています。細かい言葉とか言い回しは、そのまま書いてもつまらないじゃないですか。誰かが言ったことそのまま書くんだったら、別に僕が書く必要ないので。

SHARP:まあ、小説ですもんね。


たられば:えーとこの会場にも将来作家を目指している人がいると信じて聞くんですけど、職業作家を目指す人にぜひアドバイスをお願いします。

浅生鴨:絶対やめたほうがいいと思う。こんな大変なことはないので。やるなら兼業作家のほうがいいと思います。本業なりなんなり……まぁ何が本業かわかんないですけど、別のことをやりながらものを書く、いまはそれをやりやすい時代になっています。発表の仕方もいろいろあるし、絶対そのほうがいいともうんですよね。あとまぁやりたければやればっていうくらいの。 

たられば:それは姿勢的なものですよね。そのうえで、技術的なアドバイスは何かありませんか?

浅生鴨:僕は技術がないから、あんまり偉そうなことは言えないんですけども、「最後まで書く」っていうのはすごい大事だと思います。

たられば:あー…、わかります。

浅生鴨:誰でも面白いお話の「始め」は思いつくんですけど、終われない人が多いかなって思います。フローチャートまで作って送ってくる人を時々見てるんですけど、だいたい途中で終わってて、「続く」みたいなのが多いんですよね。だからこそ、「最後まで書く」ってのは大事かなと。

たられば:それはすごく大事ですごく実践的なアドバイスだと思います。


浅生鴨:あとはなんだろうな。「一回書いて直す」っていう作業ですよね。推敲をしたほうがいい。まず書いて、書いてから直す。完璧なものなんて書けっこないし、そこを目指してたらずっと終わらないんで。

たられば:じゃあ鴨さんが今書いてる小説も、ご担当者様に渡すのはまだしばらくかかると。

浅生鴨:本当はとっとと書き上げて渡して直すって作業に入りたいんですけど……原稿を直すの大好きなんですよ。原型を留めないくらい直すので、本当に編集者泣かせというか、ここ全部削って入れ替えるんですかみたいなの、平気でやるんです。

たられば:まあ著者が「直す」と言ったらいくらでも直させるのが編集者の仕事なんですけどね。

浅生鴨:いやまあ、それはすごい申し訳ないなと思いながら、でも本当に直したい、直し続けたい。でもそのためには元を書かなきゃいけないんですよね。元がないと直せないんです。そこが辛いですよね。

たられば:次回作、まだ当分かかりそうです。『伴走者』著者インタビューでした。ありがとうございました。続いては会場から「中の人」への質疑応答を受け付けます。


第5部へ続く

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Fri, 04 Oct 2019 20:06:14 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/9a3b58e313cbe/?utm_source=rss&utm_medium=referral 4359 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[第3部 凄絶な炎上体験と、それでも読み手を想うこと]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/114/20191004195130392BB4B2970835AE6500C658A65E8AB91DF-sm.png

すさまじい炎上の経験

たられば:さあ続いて、炎上した経験はありますか? それはどんなもので、どう対処しましたか? これはオフレコになる可能性があるんで、話せる範囲でかまいません。 浅生鴨:あんまり言いたくない話ですけども…。たとえば「炎上とは何か」っていう話もあるんですが、ツイッターの中だけで閉じてるんであれば、僕はそれは炎上とは思っていません。極端にいうと、そこで閉じているなら何が来ようと知ったことじゃないです。でもそれが現実に、コールセンターにばんばん電話かかってくるとか、新聞の一面に載るとかなってくると、それはやっぱり炎上だなと。ネットの外にはみ出て、リアルまで及ぼして来た時に、それはまぁ炎上というか、騒動だなって思うんです。 たられば:それはまあ…大炎上ですね…。 浅生鴨:実際に騒動が起きたのは、エイプリルフールの時に(いわゆる「四月バカ」の嘘の投稿として)「今後、民放は全部一緒になってひとつの放送局になって、政府の言い分をそのまま流すことになるでしょう、青バックで和服を着たアナウンサーがニュースを読むでしょう」みたいなことをツイートしたんです。 たられば:いまや、4月1日に企業アカウントがいっせいに嘘の投稿をするのはツイッターの風物詩になりつつあります。その「はしり」みたいなものですね。 浅生鴨:ところがそれが東スポの一面に「NHKバカッター」っていうふうに載りまして。 たられば:東スポに。 浅生鴨:それで、たまたまその日にNHKの会長がどっかに視察に行くっていう日で、普段は車で移動するのにその日はたまたま地下鉄を使ったんですよ。そしたらキオスクに刺さっている東スポに「NHKバカッター」って書いてあるので、「これはどういうことだ?」ってなって。 たられば:運が悪すぎる。 浅生鴨:それで、まぁ「説明したまえ」と。ただ、僕の周りにいた人たちは「東スポの一面はなかなか取れねぇよ」って。まぁ広報の人なので、「東スポ一面見事!」みたいな感じでむしろ褒められました。 たられば:会長からは怒られなかったんですか? 浅生鴨:いやその時はなんか、説明だけでした。報告書みたいなものを書いて、その頃は僕の存在は社内的には秘密なんで、会長にも秘密でしたから。あいだに何人か経由して説明したっていうのがひとつ。もうひとつは、「東北にみんなボランティアに行け」っていうツイートをしたことがありまして、震災の後に。これはですね、僕がずっと仲良くしてた東北地方のとある食品メーカーに「人殺し」って毎日毎日電話がかかってくるんですよ。食品メーカーだから、登録の食品を、それは2012年2月になってもいまだにそれはもう毎日毎日検査して、なんの問題もないのでって出荷しているにもかかわらず、「人殺し」とか、「すぐに会社をたため」っていう苦情をずっと受けてるんだよねっていう話を聞いてて。 たられば:ひどい話ですね……。 浅生鴨:それで、まぁ、タイムライン上でもやっぱりそういうのを見かけたので、「ヘイトスピーチをネット上でやっている人たちは、東北に一回ボランティアに行けばいいと思う」っていうことを、半分は僕の感情でもあり、半分は「パブリックというものをちゃんと守りたいな」ってのもあり、書いたんです。 たられば:大変いい話だと思います。 浅生鴨:ところが、これがたまたま、その週だか前の週だか忘れたんですけど、新大久保でヘイトスピーチをやった集団がいて、それは在日韓国の人たちに対するヘイトスピーチをやっていて、その人たちが「俺たちのことか」っていうふうになっちゃったんですよ。 たられば:まさかの流れ弾。 浅生鴨:こっちはそういうのをやってるのをまったく知らなくて、あくまでもその食品会社の話として「ヘイトスピーチをしてる人たちは」って書いたんですけど、そしたらその人たちがすごい怒っちゃって、コールセンターに千数百件の電話がありました。これはもう業務が止まるレベルです。 たられば:なんと。 浅生鴨:しょうがないから「もう僕、辞表書いて辞めます」って会社に言ったんですけれども、「いやいや待て待て、お前がやったことは間違ってないよね、言い方には問題があったかもしれないけど、事実として間違ってないよね」っていう話になりまして。 たられば:NHKっていい会社なんですね。 浅生鴨:そのコンセプトとか、民主主義を守るとか、パブリックっていう概念に照らし合わせたときに間違ったことは言ってないんだから、辞める必要はないっていう、ただしばらくはおとなしくしろっていうことが起きたっていうことですね。それと、すごく怒る人と守ってくれる人がいるっていう両方のあいだで、ちょっと面倒くさいなって思いました。

7年のうち5年はやばい時期

たられば:SHARPさんどうですか? SHARP:僕の会社って……、僕、7年くらいツイッターやっているんですけど、前半の5年くらいはずっと(SHARP本体の)経営がやばい時期だったんですよ。 たられば:あー……。 SHARP:なので、株価が下がるとか、3000人リストラするとか、だいたいその5年って、朝起きて、出かける前にニュース番組をつけたら自分の会社の話をやっている。テレビとか新聞とか、迂回して自分の会社のことを知るっていう日々で、その中で毎日ツイートするっていうことをずっと続けていたんです。 たられば:フォロワーさんから「これどういうことですか?」って聞かれても、情報源が同じだったりするわけですね。 SHARP:それで、株価が下がったら、30人くらいから「死ね」って(直接リプライが)くるんです。たぶんトレーダーとかされてる人とかから。そういう状況でも「僕は関係ないやん」っていうふうには言えないですよね。一種のステークホルダーなんで。 たられば:向こうからすれば、テレビにボヤいているような気分でしょうけれども。 SHARP:言われたこちらとしては、ちくっとはするんです。ツイッターやっている人とトレーダーの人って相性がいいというか、両方やってる人が多いんですよね。そういう場面で、なんていうか、僕は基本的には軒先でツイートしているんですけど、母屋はいつもボーボー燃えてる…みたいな感じでやっていまして。 たられば:壮絶な状況ですね。 SHARP:そういう時に、燃えてないふりして、まったく平気な顔してツイートしてるって、変ですよね、人間として。 たられば:うーん…まあ……確かに。 SHARP:基本的に、「燃えてる」って認識してるってことは示したほうがいいと思っていたし、それはちゃんと言うようにはしていましたけれど、一番しんどかったのは、たぶんさっきの鴨さんの話と近いんですが、僕の会社は結果的にはそうはならなかったんですけども、韓国の企業と一緒になるっていう報道があって、その時は本当に、「死ね」とか「殺す」だとか、滝のようにきましたね。 たられば:滝のように「死ね」とか「殺す」が……。 SHARP:午後のあいだずーっと、数千件きました。「殺す」とか、「殺しに行く」とか。 浅生鴨:文字なんだけど、やっぱり数見るとキツいよね。 SHARP:体に変調をきたします。さすがに夕方、僕ゲロ吐きましたね。 たられば:……(絶句)。 浅生鴨:これは本当に不思議なんですけど、知らないところからきている単なる文字なんだけど、「呪いの言葉」って、数が多いとちょっとやられますよね。僕の場合は自分とキャラを少し(人格を)分けていたので、まだ救いはあるんですけど、それでも千単位、万単位で「殺す」とか、「枝ぶりのいい松を知ってるぞ」みたいなのがどんどんくると、やっぱりちょっと(心が)どろっとしてきますよね。 たられば:文学的な脅し文句もくるんですね…。 SHARP:それで、ゲロ吐きながらも頭の中が冷静になっていく瞬間があるんですよね。普通そういう時って、「しばらくおとなしくしとけ」とか、「収まるまでじっとしとく」っていうのが、おそらくリスク管理のパターンではあると思うんです。 浅生鴨:ああ、でも、完全に大人しくしちゃダメなんですよね。本当に何も言わないとダメで。 たられば:え、そうなんですか? どうすればいいんでしょうか? SHARP:極力、平常運転を見せるっていうことをしなきゃいけない。 たられば:大変だなぁそれは……。 浅生鴨:でも、そうしないと企業が毀損するんです。 SHARP:そうそう。だって企業活動は毎日あるわけですから。次の日にもおそらく報道もあるし、僕らだって日常の企業活動として新製品は出るし、で、こっちもこっちで「毎日喋る」っていうのは、わりとそこに重きを置いてやっているんで、このまま黙っていると次の日はもう喋れなくなるんじゃないか……っていう葛藤もあるわけです。 たられば:すさまじい覚悟ですね…。 SHARP:僕はそのときに、吐いたあとに、少しだけ冷めた頭で考えたんです。「殺せ」、「死ね」と言ってくる人って、なんというか「SHARP」って書いてある壁があって、そこに石をぶつけてるとか、生卵を投げている感じやなと思ったんですよ。 たられば:生身の人間がすぐそこにいる、とは考えていないでしょうね…。 SHARP:それで、これはちょっと勇気を出そうと思って、「殺すとか、死ねとか言われてますけども、だけどその壁の奥にはいちおう僕という人間がいて、それを全部聞いてますよ」っていうことだけは言おうって思ったんです。その夜に。 浅生鴨:「(そういうことを言われたら)凹むよね」くらいのことは書きますよね。 SHARP:(会社が立てている方針や経営の行方について)「いい」も「悪い」も僕にはわからないし、これからどうなるのかもわからないけど、少なくとも今日僕のところに届いている、「死ね」とか「殺す」とかは、一個も逃さず全部読んでますよっていうのを、その時だけは初めて連投しましたね。 たられば:「ここに人間がいるんだ」と。 SHARP:最後には、「でもちょっと終わらなあかんな」と思ったんで、「わたしのことは嫌いになってもSHARPのことは嫌いにならないでください」って書いて。 (※参考…この時のツイート https://matome.naver.jp/odai/2136257147356375301 ) たられば:おお、AKBですね。 浅生鴨:終わりのほうは緩めてね。たぶん書いてる最中に、これはちょっときつく行き過ぎたなって思って、どう緩くするかを模索してるっていう。 SHARP:「ふんわり」のパワーを信じたいっていう。だけど、「明日会社行ったらクビになるかなぁ」って思って書きましたけど、その連投が新聞記事になったんで、ちょっと助かったてのもありますね。 浅生鴨:僕の場合はずっと「放送法」が頭にありまして。 たられば:放送法…ですか。 浅生鴨:はい。特に3条と9条。3条っていうのは要するに、「干渉を受けない」、何人たりとも放送には介入させませんっていう条文で、9条は「間違ってたら訂正放送しますよ」、真実をちゃんとやって、真実じゃなかったら謝りますっていうことが書かれています。そのふたつの原則さえ守ってれば、まぁいいかなって思っていて。 たられば:なるほど。 浅生鴨:そのスタンス、3条と9条をベースに、第1条である「民主主義と公共の概念」っていうものを大切にしてゆこう、と。だから、極端に言うと、NHKがなくなってもかまわないと思ってたんですよ。 たられば:だ、大胆ですね…。 浅生鴨:本当の公共の福祉と民主主義の究極系がNHKの目指すものであったら、それが完成するなら組織はなくなってもいいよね、くらいの感覚なので、「その先の概念」で遊んでたって感じですね。 たられば:本当になんというか、白袴を着てふところに短刀を差して…という感じですね。 浅生鴨:今日のこれ、ぜんぜん役に立たないんじゃないか、僕らの話。 SHARP:(苦笑)

最小単位で「世間」と向き合う

SHARP:先ほど申し上げた「黙らないほうがいい」っていうのは、どう黙らないでいるかっていう話がいろいろあるんですけども、ただ最小単位で「世間」と向き合うには、たぶん個人になるしかないんですよね。「個」でどこまで対峙できるかっていうのは、SNSではできると思うし、それはやったほうがいいと思うんですよ。 浅生鴨:まあ…「個」なんだけど、絶対に企業をしょっちゃうんだよね。 SHARP:そうですね。まぁでも、最悪クビになるくらいですから。 浅生鴨:そうそう、クビで済むだけだからね。 SHARP:できんことはないと思うんですけどね たられば:次の質問は今のお話に少し関係していることです。 「NHK_PRさんと浅生鴨さん、SHARP公式さんと中の人さんで、それぞれ性格に違いはありますか?」  先ほど「別人格を立てている」という話が出てるんですけども、とはいえ、どうですか、アカウントと中の人って、結局はすごくよく似ているんじゃないですか? 浅生鴨:それはもちろん、似てるでしょうし、けれども完璧に一致はしてないですよね。 たられば:どこらへんが一致していないんでしょうか。 浅生鴨:これは難しいところで、全然違う部分とすごく近しい部分を行きつ戻りつしている感じです。人形浄瑠璃っていうか、俳優が演じている役というか。 たられば:人形浄瑠璃という例えはわかりやすいですね。 浅生鴨:ただ、役所広司さんが何を演じても役所広司さんじゃないですか。これは失礼な言い回しじゃなくて、やっぱり役所広司さんがやっている役っていうのは、それは見れば「あぁ、役所広司さんの味が出ているな」と、そういう感じなわけですよね。もちろんそれぞれのドラマの中で役が違うっていうのは見ていればわかるんですけれども、でもまあ顔や声は役所広司さんなわけで、そう意味では僕とあのアカウントは、似ている。 たられば:アカウントの性格の特徴的なところってどういうところですか? 浅生鴨:NHK_PRは、どっちかっていうと天然に近い、どちらというとピュアなマインドを持っているキャラクターなんですけど、僕はもっと冷徹なので、どちらかというと腹黒いですから、そういう意味ではだいぶ違います。あのキャラは、かなり「いい人」ですね。 たられば:SHARPさんはどうですか。 SHARP:僕は先ほど申し上げたように、ツイッターを始めたときに「お客さんに近づくために、社員であることを半分やめよう」と思ったんですけども、それって逆に言ったら半分はまだ社員なんですね。それでもちろんツイッターは仕事でやっているので、だから出ているとしたら「社員としての僕」ですし、さらにその半分が出ている、という感じです。 たられば:半分出してるうちのさらに半分が出ているって感じですか。 SHARP:そうですね。いちおう僕、勤務中の振る舞いと会社が終わったあとの振る舞いはそれなりに違うんですけど、そういう意味では「社員を半分やめる」っていうのはこれと似ているなぁとも思います。会社を出たあとに食事に行って、でも知り合いに会ったら挨拶するし、名刺は持っているけど…というような状態ですね。 たられば:ふーむ、なるほど。ちょっと時間が押しているので急いで次の話題に移ります。 「もし今から自社の公式アカウントを任されて、一からなにかSNSでプロモーションしろ頼まれたら、何をしますか」。これは、ツイッター以外の話、インスタやFacebookでも結構です。浅生さんから、どうでしょう。 浅生鴨:プロモーションは、しないですよね。 たられば:おー、しない。そうすると、何をしますか? 浅生鴨:たぶん「そういうことをやれ」と命じる会社側の狙いって、「ブランディング」というか、最終的な目標って企業ブランドを高めることですよね。あんまりこう、「ものを売りに行く」とか「情報を伝えに行く」というよりは、イメージ操作というか…。そのほうがたぶん、長い目で見ればお客さんと一緒に居られる気がするので。  SHARP:僕もたぶん、「ものを売る」って行為は極力しないと思います。今でもしていないですけども。 たられば:SHARPさんも、しない。 SHARP:今から何か新しくアカウントを立てるってやるなら、どっちかっていうと、僕はたぶん自社製品を推している人をさらに推す…っていうか、推している人を応援するようなアカウントだとか、メディアを使いますね。 たられば:ええと、このままだとあまりに参考にならないので(苦笑)、もうちょっとツイッターに絞った質問をします。企業プロモーションでなくて、ブランディングでもいいんですけども、「この先、何か情報を届ける手段としてのツイッター」について、どうお考えでしょうか。このままなのか、変わってゆくのか。 浅生鴨:これはですね、ちゃんとメモを書いてきたんですよ。 (スマホを取り出し、メモ帳アプリを立ち上げて読み上げる) 浅生鴨:えー、「通話、コミュニケーションツール、電話と同じ」。つまりですね、この質問は「プロモーション手段として電話をどう考えているのか」っていうのと同じような質問だと思いました。 たられば:電話をどう考えているのか。 浅生鴨:たぶんテクノロジーとしての「電話」が出てきたときに、「これからはテレアポがすべてを変える」と言った人がいるはずなんです。それと似ているなと。 たられば:あー、「これからは、これを使って商品を売ればいいじゃないか、と言い始めた人がたくさんいただろう」ということですか。なるほど。 浅生鴨:はい。プロモーションという発想は、「こちら側から向こう側へ情報を渡す」という感覚です。それは、なんというか「仲間」ではなくて「対立している関係」ですよね。 たられば:そうではないだろう、と。 浅生鴨:企業の中にいて、企業人としてユーザーに向かい合うのではなくて、その間の地平に立って、ユーザーと同じ方向、目線を揃えて仲間になる。一緒にその企業を作る、一緒に商品を作るところから始めないとダメだと思います。 たられば:それは…たぶんすごく大変ですね…。 浅生鴨:はい。外から言われることはもっともだし、中の論理もわかる人との間で、暴風に晒されることになるでしょう。引き裂かれるような感覚もあるでしょう。理解者も少ないでしょう。それでもギリギリのところで、外に立つべきだと思うんです。そのためには、まずは企業を出る覚悟が必要です。辞表を、もちろん実際に出すのではなく、心の中でいいからまず辞表を出すことから始めるといいと思う…っていうのが僕の回答です。 たられば:卒業式の送辞のような、すばらしいお話だと思います。

商店街の八百屋さんの、店先に立つ人のように

SHARP:僕も先ほど「半分会社を辞める」という話をしたので、鴨さんとほとんど同じような話になっちゃうんですけども、SNS公式アカウントの運用って、感覚としては商店街に昔からある、八百屋の軒先に立ってる人っていうイメージなんです。 たられば:その話、もう少し詳しくお願いします。 SHARP:路面店の軒先にいる人が何をしてるかっていうと、通りがかりの馴染みのお客さんに声をかけてるんですよね。「どうもどうも」とか、「今日は暑いね」とか「寒いね」とか言っているわけです。 たられば:あー、なんとなくわかります。 SHARP:「今日はお出かけですか、それはよかった」なんて感じで。それがこう、マーケティングになっちゃうと、「なんでお前そこでちゃんと白菜売らへんねん」っていうふうになりますよね。でもそういう人は普通、そういう売り方するわけがないでしょう。 たられば:そんな声のかけ方されたら、お店の前を通らなくなっちゃいますね。ウザくて。 SHARP:まず関係ない話もするし、例えば迷ってたら「こっちがいいですよ」って言うかもしれないけど、少なくとも世間話をしながら売るっていう、なんてうか普通の行為をしてるわけでしょう。 たられば:挨拶とか、昨晩やってたスポーツの話とか。 SHARP:僕なんかは、たまに(ツイッターで)「なに関係ないこと喋ってんねん」って怒られるんですけど、そんなことで怒られても意味がわかんないですよね、こっちとしては。 浅生鴨:馴染みになっていれば、いざ買おうと思った時に、「あの八百屋さんで白菜買おうかな」って思ってくれるわけで、そこでまったく知らない八百屋さんではなくて、いつも話してる八百屋に行くっていう、「その関係を作る」っていう作業なんですよね。 SHARP:そうそう。で、そういう意味ではたぶん「小商い」なんですけど、それをどこまで大きくできるかっていうロマンはちょっとあります。ありますけど、でも基本的には「小商い」の延長線上が一番誠実な力を持つと思うんです。 浅生鴨:だから、こっちとしては関係性を作ろうとしているので、もし仮に偽物を売ると、もう二度ときてくれない。なので、やっぱり誠実さが大事かなという。 SHARP:ですね。じゃあそれを「広告」と言うのかっていうとすごく微妙なところだと思います。「結果的に売れる」と思って僕はやってますけど、基本的にはなんか、「でかい小商いをしたい」って感じですかね。 たられば:すばらしいお話、ありがとうございます。本日は本当にお客さんが熱心で、食い入るように聴いている人が多くて、メモをとっている人もたくさんいて…。このあとに質疑応答があります。みなさん聴きたいことが山ほどあると思うのですが、いったん休憩を挟んで、そのあとに浅生鴨さんの最新著作、小説について話を聞きます。『伴走者』(浅生鴨著/講談社刊)という作品です。これはいい本なのでぜひ皆さん読みましょう。   ともあれいったん休憩、そのあと著作インタビュー、そのあとに質疑応答です。まずは浅生鴨さん、SHARPさん、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。 浅生鴨、SHARP:はいありがとうございます。よろしくお願いします。 会場:(拍手)

(休憩)

→第4部へ続く
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Fri, 04 Oct 2019 19:58:00 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/1e5d971dbdd01/?utm_source=rss&utm_medium=referral 4317 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[第2部 100人の他人より大事なこと]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/114/20191004195130392BB4B2970835AE6500C658A65E8AB91DF-sm.png

「ふざけるな」と言われたら

たられば:先ほど、ツイートよりもリプライ、会話がメインというお話をされていたんですが、その「SNSでの会話」で気をつけていた点などはありますか? 浅生鴨:アカウント名で「NHK広報局」と名乗っていますが、「こういうことを呟くんだろうな」と思って見に来る人に対して、全然違うような、意外性を出せればいいなとは思っていました。 たられば:そういえば「びろーん」とか呟いていましたよね。 浅生鴨:真面目な、「自分の想像しているNHK像」がある人に対しては、「あなたの求めている情報は、このアカウントは出さないと思うので、他のアカウントをどうぞ」と紹介するようにしていました。 たられば:それはそれで「傷ついた」とか言われないですか? 「素っ気なくされた」とか。 浅生鴨:「傷ついた」というより「ふざけんな」のほうが多いですね。 たられば:怒られたらどうしてましたか? 浅生鴨:その相手のお叱りが「なるほど」というような、正しいお叱りであれば謝るし、単なる感情的な理由であれば、そこは別に謝らないでそのまま放置していました。 たられば:放置。 浅生鴨:なかにはちょっと誤解にもとづくような、言いがかりのようなものがあった場合には、そこはしっかり反論していました。 たられば:SHARPさんはいかがですか? SHARP:僕はもともとSHARP社内でテレビコマーシャルとかを作っていて、「アクオスは素敵なテレビですよ」って思わすような、そういう仕事が長かったんです。その頃にやっていたことって、イメージ的には素敵なコマーシャルをこう……上から目線で人に向かって流していた感じがするんです。コマーシャルって、それを見た人に憧れさせるっていうか、「いいなぁ、やってみたいなぁ」って思ってもらうために作るんですよね。 たられば:特に大手メーカーの宣伝ってそういう感じですよね。 SHARP:で、僕はそのあとだんだんWebの仕事をやるようになって、これはきっと今でもそうだと思いますけど、Webで主流のプロモーション活動って、「バズるムービー」とか「RTするだけで景品プレゼント」とか、もっとストレートな企画だと何か面白いことやって「こいつアホやな」と思ってもらってリツイートしてもらうとか……つまり、どっちかっていうと下から上にいくプロモーションかなって思っていました。 たられば:ふむふむ。 SHARP:そういうなかでツイッターをやり始めたんですけども、その「上から」と「下から」を両方見てみて、「あれ、よく見たら真ん中があいてるな」と思ったんです。 たられば:真ん中ですか。 SHARP:ええ。要するに「僕とあなたは同じ位置ですね、同じ目線ですよね」と。そういうコミュニケーションがあいてるなぁと思ったんです。だからその立場でいこうって決めて、あとはその位置に合った言葉を選んだり、しゃべり言葉を考えたり。 たられば:ふーむ…この話、鴨さんいかがでしょうか。 浅生鴨:僕が考えていたのは「パブリック」というものでした。つまり全員が平等な状態。そもそもNHKが最終的に目指しているところは「そこ」なんですね。公共の福祉だったり、民主主義の発展に寄与する。それってNHKの存在意義なんですよ。 だからNHKそのものをどうこうっていうよりは、そのさきにある「パブリックを作る」ってことを目指していれば、そんなにおかしなことにはならない。これは最初から決めていたわけではなくて、途中から気づきました。どこかでNHKという組織を超えた、パブリックというものに忠実にあろうとしていたところがあります。 たられば:いまの話なんですが、個人的にものすごい面白いなって思いました。まずSHARPさんが「上からとか下からじゃなく真ん中を目指した」っていうのと、「NHKのアカウントはパブリックを求めた」っていうですね、全然違うアプローチから結果的にとても似たスタイルになるっていうことですよね。これ、鳥肌が立つくらいびっくりしました。

ブロックとミュートの使い方

たられば:具体的なツイッターの使い方をもう少し教えてください。ミュートやブロックは使っていましたか? 浅生鴨:ブロックはいっぱいしましたね。すごいしました。 たられば:たくさんしましたか。 浅生鴨:「それがお互いのためだな」と思ったんです。NHKのあらを一所懸命探して、そのNHKに文句を言う…っていう人がいて。もちろん「ああしたほうがいい」、「こうしたほうがいい」っていうような、建設的なご意見ならいくらでも聞くんですけども、あまり建設的でないことに囚われ過ぎちゃうと、言っているほうも疲れるだろうなっていうのがあって。 たられば:ああ…そういう人はたくさんいますよね……。 浅生鴨:ここは判断が難しいところで、「全国にあまねく放送を届けなければならないNHKともあろうものが、ブロックするとは何事だ」っていうご意見は、「なるほどな」と思うところもあるんです。けれど、本当におっしゃりたいことがあるんだったら、それはお手紙なり、コールセンターに電話していただければいいわけで。それこそ「健全な民主主義の発展には寄与しないんじゃないか」っていう、そういう思いもあったんです。そういうこともあって、けっこうブロックしてましたね。 SHARP:僕はブロックはしないですね。したことがない。 たられば:ミュートはどうですか? SHARP:ミュートも、よっぽど連投する人だけです。仕事の邪魔になるときはするけど、それ以外はしないですね。 たられば:使い方の面ではそれぞれ違うんですね。それではもう一点、たとえば(企業公式アカウントではなく)一般の方で、ものすごく頻繁に話しかけてくる人がいると思うんですけど、そういう「常連さん」みたいな、仲良くなる人はいましたか? 浅生鴨:それは別に、仲良くなるならなります。ただ数(フォロワー数)が尋常ではないので、ほぼ識別できないです。1秒間に数百数千のリプライが来る世界なので、申し訳ないのですけども、いちいち見ていられない。 たられば:そうすると、返すべきリプライも返せなかったりするんじゃないですか? SHARP:たぶん人為的な限界を超えているので、そこは漏れても仕方ないなと思っています。ただやってるうちに、なんかアイコン覚えてしまうくらい喋ってくる人ってのは確かにいて、そういう人に対してはちょっと対応を控えるっていう心の動きは僕の中にはありますね。 浅生鴨:そうですね。「あ、この人、見たことあるな」というレベルだと、アイコン2000~3000くらいは覚えてるじゃないですかね。 SHARP:そうですね、なんとなく覚えています。 たられば:に…2000~3000ですか……。

タイムラインは「フラット」に

たられば:フォローバックに関してはどうですか? フォローされたアカウントをフォローし返す、という。 浅生鴨:今現在のNHKは「いっさいフォローバックしない」っていうルールになったので、フォロワーはゼロのはずです。あ、NHKのアカウント同士はあるかもしれませんけれど。僕がやっていたころは、基本的にはフォローしてくれた人はフォローするっていう方針にしていました。 たられば:おお、全員フォロー返し。 浅生鴨:そうするとどうなるかっていうと、タイムラインに出て来るものが全部フォロワーのツイートなんですよね。だから見知らぬ人ではなくて、常にこっちと接触のある人が出てくる。そうすると、そこにいきなりリプライで介入しても「いきなり知らんNHKが突然話しかけて来た!」みたいにはならない。 たられば:SHARPさんはいかがですか。 SHARP:僕は、フォローバックは基本的にずっとしていませんでした。たとえばタニタさんとかセガさんとか、流れのうえでフォローしたほうがいいなっていうアカウントはフォローしていましたけど、それ以外はゼロ。でも2年くらい前から、シャープのアカウントをフォローしている人に対して「あなたがフォローしているアカウントの中で、一番好きな人を教えてください」っていうのを何回か定期的にやってて、その推薦された人をフォローするようにしています。 たられば:あ、時々やってらっしゃいますよね。 SHARP:これは、「フォロワーの好きなものを知ろう」という話なんです。最初の「フォローバックはしない」というルールに比べるとだんだん緩くなっているんですけども、これをやっていると、なんか人が好きなものがタイムラインに流れて来て楽しくなるっていうか、フラットになるっていうか。

100人の他人よりも5人の友達

たられば:次の質問は皆さん一番知りたいところなのかな、と思うんですが、ご両名はフォロワーを増やす努力はしましたか? したとしたら、どのようなことをしましたか? 浅生鴨:これは、正直言うとまったくしなかったんですよ。 たられば:参考にならない(苦笑)。 浅生鴨:そもそも「数を増やす」っていうことにあまり重きをおいてなくて。「数」よりもやっぱり「深度」とか「熱量」のほうがすごく大事だなって思ってたんです。 たられば:「深度」ですか。 浅生鴨:たとえば100人の他人よりも5人の友達がいたほうがいいし、5人の友達よりも1人の身内がいたほうがいいので、そこは「数」じゃなくて、本当に身内。例えば……NHKがとんでもない不祥事を起こしたとするじゃないですか。 たられば:不祥事、はい。 浅生鴨:そしたら100人のフォロワーはたぶん……。 たられば:離れる? 浅生鴨:離れはしないにしても、「あーあ、NHK、やっちゃったな」ってあきれるでしょう。5人の友達は「NHKしっかりしろよ」って言ってくれるし、1人の身内は「あんなことする子じゃない、何か理由があったに違いない」って言ってくれるかもしれない。それぐらい、その深度の関係性をどう作るかっていうことに注力していました。 たられば:なるほど…。 浅生鴨:「プロモーション意識」みたいなものはまったくありませんでした。あくまでも「パブリック リレイション」。プロモーションではなく「広報」なので。 たられば:SHARPさんはどうですか? SHARP:まず僕は「広告してフォロワーを増やす」ってことは絶対にやらないでおこうって自分の中で決めてました。今でも僕、ツイッターに関しては予算を断っているんです。会社のお金をいっさい使わない。なんらかのかたちであってもフォロワーを金で買わないってことは今でも守っています。 たられば:あ、なるほど、たとえば「100名様にプレゼントをあげます、条件はこのアカウントをフォローしてこのツイートをRTしてください」…みたいな企画はよく見かけますね。 SHARP:鴨さんが広報的な視点でおっしゃっているのとは別に、僕は宣伝とかマーケティングのところにいたんで、ちょっと感覚は違いますけど、「マーケティング」って要するに、こう、人を刈っていく感じじゃないですか。 たられば:刈っていく? SHARP:「ここにニーズがあるぞ!」とか、「10代の男子はこうだ」っていうのを見つけて、そこに向けてこう「財布の金を刈り取りにいく」っていうのがマーケティングやと思うんですけど、それもやらないでおこうと思ってて。 たられば:あー、なんとなくわかります。 SHARP:それで、どっちかっていうと一般にマーケティングの仕事って「(SHARP製品を)買ったことがない人に買わす」っていうのが本質的な仕事なんですけど、そうじゃなくて。 たられば:そうじゃなくて? SHARP:「買ってくれた人と喋るようにしていた」というひとつのコツ…、コツというか、僕が決めていたことですね。すでに(SHARP製品を)買ってくれた人のほうがおそらく仲良くなりやすいっていうのもあるし、仲良くなれば次も買ってくれやすくなるんやろなっていうふうに思っていたんで、よし僕はそっち側を担当しようと思ってやってました。いまでもそうですけど。

たくさんリツイートや「いいね」を集める方法は?

たられば:ちょっと言い方が難しいんですけど、大量リツイート狙いのツイートとか、1万いいねを目指すツイートとか、そういうのはどうですか? 浅生鴨:チェスのように「こういうふうに書くと、きっとこういう返事をしてくる人がいるだろうから、それに対してこういうふうに答えたら、きっとそれは多くの人がリツイートしてこういう反応が出てきて、じゃあさらにそのかぶせとしてこれを用意しておく」みたいな、詰将棋のような言葉遊びはやりましたけども、「いいね1万」とかそういうKPI的なものはまったく設定はしてないですね。 たられば:すごく高度な話になってきた気が……SHARPさんどうですか。 SHARP:SNSって、ある種のスキルみたいなものはありますよね。「構文」みたいなものとか、スラングみたいなところがあって、それをどのタイミングや文脈で使ったら面白いかっていうのは、続けているとなんとなくわかってきます。 たられば:「構文」というのはわかりやすいですね。 SHARP:それにしたって、たとえば1万リツイート超えたツイートをしたら、フォロワーが1万人増えるかっていうと、決してそんなことないですよね。せいぜい1000フォロワー増とかなんで、だからバズったらフォロワーが増えるっていう認識が僕にはあんまりないです。 浅生鴨:僕が「数」に興味がないっていうのは、たぶんNHKだったからっていうのもあるんです。NHKの番組って、たとえば視聴率1%で100万人に届くわけですよ。 SHARP:勝ち目がない(苦笑)。 浅生鴨:紅白歌合戦って、4000万人とかが見るわけです。そこで「フォロワーが10万人」とか言ってても、視聴率でいえば誤差の世界ですよ。だからそこは全然数字じゃなくて、その代わりに、漫然とテレビを見ている人じゃなくて、「こっちのこの2万人はいざという時にはこっちの味方をしてくれるぞ」っていう2万人を育てていくほうが圧倒的にいいんです。そういう感覚ですね。 たられば:いやー、今のはすごくいい話ではあるんですけども、はたして一般的な公式アカウントには参考になったのかならないのか…。 SHARP:綺麗事に聞こえるっていうのはわからんでもないですけど。 浅生鴨:でも、「本来は透明であること」とか、「毎日やること」とか「ちゃんと謝ること」とか、「人として当たり前のことをちゃんとやる」っていうのが一番大事な気がする。「面白いことをやってお客を引っ掛けてやれ」とか、「ちょっと騙してやれ」みたいなとか、「驚かせてやれ」、「怒らせてやれ」とかってよりは、丁寧に誠実にやることのほうが、よっぽど友達増えるというか。 たられば:ものすごく正しいと思います。 浅生鴨:普段から適当なことを言う面白さとは違って、やっぱり不誠実な人とはなかなか友達になりたくないじゃないですか。面白いこと言ってる、でもいざという時はやっぱり誠実ですっていう、なんかそういうキャラクターをしっかり立ててあげられれば。 SHARP:ただ、そういうスタンスでも、よく奢ってくれる友達には勝てないっていう、わりと別の問題もあるんですよね。ひょっとしたら1万円当たるっていうほうが強いんちゃうかっていうのあって。 浅生鴨:「フォローしてリツイートしたら100万円もらえる」とか。 SHARP:でもそれは、ある種の広告の手法ですよね。いっぽうで僕はそもそも広告としてはやってないっていうのと、そもそも僕は広告が嫌でこういうことやってるので、そういうのは手を出さないっていうのはありますよね。

「文脈」に落とし込む

たられば:社内との調整で気をつける点、気遣っていた点、苦労した点などありますか? 浅生鴨:基本的には上下関係とか、ある種の(社内の)政治的な圧力とか、そういうものに巻き込まれるのは嫌だったんで、「誰が(ツイッターのアカウント運営を)やってるか」っていうのは、社内でも隠していました。 SHARP:会議とかも出ないとかね。 たられば:か、会議に出ない。 浅生鴨:ある種、誰からも独立した状態っていうふうにしようとは心がけていました。まぁ完璧にはいかないんですけどね。見つけてくる人もいますし、圧力に負けることもあるし、誘惑に溺れることもあるので。 SHARP:怒られますしね。 浅生鴨:ただ、たとえば「今のツイッターの大きなコンテクストの中にこの情報をこういう言い方で入れちゃうと反発を食らうな」っていうような文章を、「そのままこれを言え」って言われたときは、やっぱりそのまま呟くことはなくて、「ここはもうこういうふうにしないとダメですよ」って言って、ちゃんと変えるようにしてましたね。 SHARP:そういう人って、変えたら変えたでまたすごい怒るんですよね(苦笑)。 浅生鴨:はい。特にあの、NHKは「自分の文章は完璧で、絶対だ」と思い込んでる人が多いので、そうすると、「なんで変えたんだ」って言われることが多かったですけども、それでも変な反発を買うよりはそのほうがいいかなっていう。 たられば:「SNS文脈」に落とし込んだほうがよいと。すごいなー、まさに職能ですね。 浅生鴨:わかっくれている人は「これをうまいことやってね」って言ってくださるケースもあったんですけどね。 たられば:シャープさんの場合は、これだけ有名になっちゃうと、なかなか「社内匿名化」は難しいと思うんですけど、どう調整しているんですか? SHARP:いやでも、日本の会社ってまだまだITリテラシー低いですよ。アカウントを始めた時に日本の(SHARP社の)社員が3万人いたんで、「まぁスマホも作ってるメーカーなんだから、ツイッターアカウントを作ったら(社員のうち)10%くらいはすぐフォローするやろ」と思ったら、「3」とかやったから。 たられば:フォロワー数3。 SHARP:その時に、ああそうか、そういう意味ではあんまりこう、「会社の力をあてにするのはもうないな」って思ったのがひとつあります。 たられば:まあ…「3」ですし。 SHARP:苦労した点、一番しんどいのはあれです。誰かとやり取りして、それがウケて、でもそれに対して「いかかがなものか」って思う人がまぁ社内にいて、それで呼び出されるんですけど、そうすると「これがなんで面白いのかここで説明しろ」っていうのがありまして。やっぱりもうそれは地獄なわけですよね。 たられば:あ、自分のギャグを自分で解説させられる。 SHARP:だってこっちは文脈もあったり、ツイッターのその時の空気もあったり、全部織り込んでやってるいるわけじゃないですか。それをあとから呼び出されて「君、これはどういうところが面白いのか説明したまえ」って言われるわけです。いやもう一番しんどかったですね。 たられば:「なんでこれ、石田三成に話しかけてるんだ」とか。 SHARP:それぞれその瞬間には意味はもちろんあるんですけど、だけどそれをあとで「解説しろ」っていうのは地獄でしたね。 浅生鴨:「やれよ」って思いますよね。「(自分でSNSを)やればわかるから」って言うしかないんですよ、本当に。 SHARP:そういうときに、ツイッタージャパンの人が見るに見かねて、一回SHARPアカウントのフォロワー調査みたいなのをしてくれたんすよね。 たられば:へー! SHARP:それで「フォロワーの9割が【ゆるいのはいい】と思ってます」っていうデータが出たり、あとはたとえば「冷蔵庫を買う時に、同じ値段でこっちとこっちとで迷ったら、ツイッターアカウントのことが脳裏に浮かびますか?」っていう設問で「浮かぶ」っていうのが86%くらいあったりとか、そういうデータを出してくれたんです。それでちょっと助かったところがあります。 (※参考データ浅生鴨:だからほんと、一番いいのは、企業のトップの役員なりがSNSを一回やってみて、空気を感じる、まぁできれば失言して炎上するくらいのことを役員がやってみるといいですよね。 SHARP:「まずスマホを持て」って話ですよね。もうそこから。

あの頃に会った人たちとは

たられば:続いての質問です。ほかの公式アカウントとの交流は、どのようなやりとりを心がけていましたか? 浅生鴨:これは、最初すごい悩んだんです。特にNHKなので、一般企業とやりとりをすることがはたして許されるのかって悩んで、一応NHK内の法務部のようなところに相談をしてですね、そこが「相手の企業の利益につながるのであればダメだ」と。 たられば:ふむふむ。 浅生鴨:でもたとえば「NHKがTBSをフォローしました」とか、「日テレとやりとりしました」っていうので、それでTBSの知名度が上がるのかっていうと、もう変わらないですよね。なので、そういう意味ではある程度知られているとか、ある程度人気があるとか、そういったところとはわりと普通にやりとりをするようにしました。 たられば:そこはでも、多少の制約はあったんですね。 浅生鴨:やりとりにしても、積極的にこっちから仕掛けるのは本当にごく稀な話で、向こうから何かやってきたときに切り返すくらいのことが多かったかなという気がします。 たられば:今の話は「ネガティブ方面」だったとおもうんですけど、「ポジティブ方面」で仲良くしほうがいいかなだとか、一緒になんかやったほうがいいみたいなことはないですか? 浅生鴨:ああ、あれは2009年でしたか、いろんなラジオ局の人とかを集めて、まあオフ会ですよね。行ったことがあります。たぶん今のNHKアカウントではそんなことはできないんだろうなと思うんですけど、もっというと、みんなツイッターとかやってなかったんで、だから誰も知らないんです。だからできた、という面もあって。 たられば:ちなみにそのオフ会は、行ってよかったですか? 浅生鴨:もちろんです。(その時の参加者と)いまだにずっとつきあいありますよ。 たられば:おおー、それはいいですねえ。シャープさんどうですか? SHARP:当初は、「会社同士が喋る」っていうものの目新しさっていうか、人同士じゃなくて会社同士が喋ってるっていう新しさが面白いんだろうなって思ってやっていたところがあるし、もっと言えば、お互いのPRを補完しあうことになりますよね。 たられば:補完しあう、というのは? SHARP:お互いのフォロワーに向けてお互いをPRできるわけです。だからある種の拡散補完みたいなことでいいかなって思っていました。でも、そういうふうにやっているうちに、ふと「もともと僕はお客さんと喋るためにこういうことやってきたのに、企業の人と仲良くするためにやるのもなぁ…」って思ってきた部分もあります。なので、基本的には「その交流が文脈になる人」と話すようにしています。たとえば、今日はタニタさんもこの会場に来ていますけど、「私とタニタさんの間に物語がある」というか、見ている人がそこに奥行きとかを認識してもらえるケースだとか、もっというと、そういう認識が作れる人と話すようにしています。 →第3部へ続く
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Fri, 04 Oct 2019 19:55:00 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/07e166dee2716/?utm_source=rss&utm_medium=referral 4299 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば
<![CDATA[第1部 「伝説の公式NHK_PR」と「現役最強SHARP」]]> https://cdn-public.comici.jp/articlevisual/3/114/20191004195130392BB4B2970835AE6500C658A65E8AB91DF-sm.png

たられば(司会):みなさんこんばんは。本日はようこそおいでくださいました。本日の対談を始める前に、簡単な自己紹介と今回のイベントのアウトラインを10分ほど説明いたします。 えーその前にインフォメーションと、先ほど申し上げました注意事項を申し上げます。 まず本イベントで語られた内容については、それぞれの責任において発信可能です。社内資料にご使用いただいても、SNSでの発信でもご自由にどうぞ。 それと、本イベントの内容は後日、コルクbooksサイト内にてマンガ化、テキスト化される予定です。 浅生鴨:マンガ化って謎ですよね。どうなるんだろう。 SHARP:そうですね(苦笑)。すごく楽しみです。 (マンガ家の皆さんが今回のイベントを漫画化してくれた作品群は下記をご参照ください) https://corkbooks.com/stories/?id=114#explain-list114 たられば:よろしいですね、はい、ではまず登壇者の紹介です。 皆さんから向かって右側、青いパーカーサングラス姿が……、ええと、今日お集りの皆さんは「企業公式アカウント」のご担当者が多いのでご存知だと思います、作家であり、元NHK_PR(1号)ツイッターアカウントご担当者、いわゆる「中の人」でありました浅生鴨さんです。 (会場拍手) たられば:では、ひと言お願いします。 浅生鴨:こんにちは。あのー、『宇宙兄弟』、今日はコルクbooksさんのイベントなので、宇宙っぽいパーカー(ユーロの宇宙飛行士の制服をモチーフにした青いパーカー姿)を着てきました。 (会場笑い) ==== 浅生鴨/作家、映像ディレクター、元NHK_PR1号として第一次ツイッター公式アカウントブームの立役者となる。 『中の人などいない』(新潮社)、『伴走者』(講談社)、『どこでもない場所』(左右社)など著書多数。 https://twitter.com/aso_kamo ==== たられば:気が利くなぁ……。続いてみなさんから向かって左側ですね。客席側にお座りなのが、SHARP公式アカウントのご担当者、中の人です。本日はなんとお呼びすればよろしいのかも含めて、自己紹介をお願いします。 SHARP:あ、えっと、じゃあ今日は「SHARP」でお願いします。あんまり人前には出ないというか……、ツチノコみたみたいって言われます。よろしくお願いします。 ==== SHARP公式アカウント担当者/現役最強の企業公式アカウント。文章力、機転、フォロワー数、いずれも最高峰。コピーライターの賞もいくつか受賞。『シャープさんとタニタくん@』(仁茂田あい著・リブレ出版刊)など。 https://twitter.com/SHARP_JP ==== たられば:そして、えー、わたくし、今回の企画発起人の一人です。「たられば」と申します。普段は商業誌で編集者をしております。 ==== 編集者。犬。だいたいにこにこしている。今回の企画発起人の一人。責任とって司会。 https://twitter.com/tarareba722 ====

なぜNHK_PRさんとSHARPさんなのか

たられば:最初にざっと、本日の趣旨をご説明申し上げます。 わたくし、個人的な関心もあってSNS、ツイッターですね。毎日つぶやいています。 当初は「どうしたら自分の好きな作品を、より多くの人に届けられるか」ということをずっと考えていました。 具体的に言いますと、SNSの発達により、世の中はものすごい情報過多、情報爆発の時代に突入しました。いわゆる「コンテンツの流通量」がものすごい増えたということです。 そういう時代に、どうすれば届けたい人にコンテンツを届けられるか。

  https://www.ieice.org/jpn/books/kaishikiji/2011/201108.pdf  これ(上記図)は有名なグラフですが、『電子通信情報学会誌vol.94,no.8,2011』という学会誌に掲載されたものです(もともとはアメリカの大手市場調査会社IDCが出した数字)。  簡単に説明すると、人類が最古の洞窟壁画を描いてから最近まで、約4万年にわたって流通させてきた情報量の、およそ300万倍の情報が2007年の1年間にこの世界を流通した、ということを示しています。2011年は1921万倍、2020年はその2011年のさらに約20倍の情報量が流れる、と予測されています。  とんでもない量ですよね。まさに「爆発」している。  わたしたち「何かを伝える仕事」に就く人間は、こうした圧倒的で爆発的なコンテンツの濁流の中から、読者や視聴者に「わたしたちが作った何か」を見つけてもらう必要があるわけです。  こうした時代に、どうすれば届けるべき人に届けるべきコンテンツを届けられるようになるのか。  試行錯誤していたわたしが出会ったのが、こちらの書籍です。 『中の人などいない』(新潮社刊・NHK_PR著) https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00C186H60  ここにいらっしゃる、浅生鴨さんがお書きになられた書籍です。現在も、これはTwitterに限らずSNS全般の、それも企業公式アカウントに限らず個人アカウントにとっても、ある種の「ふるまい」にまつわる最適解だと思っています。すばらしい内容ですね。  初版は2012年なんですが、ここには「【企業とお客様】という関係から【友達どうし】のような関係になりたい」と書いてあります。  つまり、フォロワーと友達になろう、と。  情報を発信する側、受信する側から、友達同士になる。  どれだけ流通情報量が増えたからといって……、いや、世の中に流通する情報が増えれば増えるほど、「友達の言っていること」、いわゆる口コミの力が強くなっていくことは、皆さんも日々実感しているのではないでしょうか。  お客さんや視聴者、ユーザーにとって、「世の中ごと」と「自分ごと」の中間にある「仲間ごと」になろうと、2012年の時点で提案しているわけです。  そして、現時点で、これは私見ですが、いまTwitterの現役アカウントの中で、この「仲間ごととしての公式アカウント」を一番成功させているのが、今日ここに来ていただいたSHARP公式アカウントの担当者だと思っています。 https://twitter.com/comicdays_team/status/989325701668065281  上記は2018年4月の記事(レポート)なのですが、見事にこの感覚、「フォロワーとの関係構築」について的確に語っています。  このなかのこのセリフ、すごく興味深いですよね。 「フォロワーの孤独に寄り添いたい」。  先程ご紹介した浅生さんがやっていたNHKといえば、公共放送です。かたやSHARPといえば大手民間企業であり、これは言っていいのか、この「中の人」、シャープさんは長く広告宣伝セクションで広告費を使って企業プロモーション、製品プロモーションを手掛けてきた方です。  いわば両極端にあるような存在のはずが、「中の人」は非常に似たことを言っている。  だからこそ、今日このイベントをセットしたわけです。  さて、やっと本題です。長くなって申し訳ありません。  本日は元NHK_PRの中の人である浅生鴨さんと、SHARP公式の中の人においでいただきまして、 ・お二人の考える、SNSにおけるプロモーションの可能性 ・どうすればフォロワーと良好な関係が築けるのか ・お二人が具体的にとった方法 ・気を付けたほうがいい点、苦労した点 ・今から始めるとしたらまず何をするか ・この先の見通し(SNSを使ったプロモーションはどうなってゆくのか)  などなどを伺えればと思います。

性格を考えて、内線電話帳から消える

たられば:「Twitterアカウントの担当者に任命されて、まず何をしましたか?」。浅生さんからお願いします 浅生鴨:一番最初にやったのは、アカウント名を考えたことです。どんな名前がいいかな、と考えて、そのあと「初めましてツイート」をやったりしたんですけど、そのあとに「性格設定」をしました。 たられば:性格設定、ですか。 浅生鴨:ちょっと話が前後するんですけども、僕がツイッターを始めたときは、NHKには黙って勝手にちょこちょこやってたんですね。で、すぐバレて、怒られて、「公式になれ」って言われて。で、公式になって「公式だしちゃんとアイコン作ろうかな」と思ってアイコンを考えてって流れです。ですから「任命された」っていうか、最初の最初は勝手に始めただけです。「勝手に始めた」って人(客席に向いて)この中にいます? (何人か手が上がる) 浅生鴨:あ、いるんだ。 たられば:続いてSHARPさんは最初、何をされましたか? SHARP:僕はもうちょい遅いんですけど、アカウントを開設したのが…。 たられば:あ、そうだ浅生さんはNHK_PRのアカウント開設は何年ですか? 浅生鴨:2009年(11月)かな。 SHARP:僕が始めたとき(2011年5月)は、企業がSNSをやるっていうのが一種のブームだったところもあったんで、「広告の延長でやれ」って言われたのが正直なところです。それでまあ始めるときに結構考えて、「よし、一回(社内)電話帳から消えよう」と思って。 たられば:「電話帳から消える」ってどういうことですか? SHARP:社内電話の電話帳があるじゃないですか。内線表っていうのかな。そこから僕の名前を消してくれ、誰からも問い合わせがこないようにしてくれ、っていうことです。 たられば:な、なるほど。 SHARP:そしたら「名前はあかんけど内線番号だけだったら消したってもええよ」って言われて。それで会社の人が僕にコンタクトをとりにくくしました。なんでかっていうと、ツイッターを始めるにあたって、まずお客さんとの距離を詰めなきゃいけないから。僕はまず、「会社からはみ出なあかん、そのためにはまず名簿から削除してもらって、そのぶんお客さんとの距離が縮まるし、しかも半歩出てるから会社のことを外から見れるし…」って、なんというか、「社員を半分辞めた立ち位置でやいやい言っていこう」と思ったんです。まあ決意表明みたいなかたちでしたね。

「役に立たない」、「敷居を下げる」

たられば:あの、浅生さんが先ほどおっしゃった「性格を決める」ということを、もう少し詳しくお聞かせください。「性格を決める」というのは具体的にどういうことですか? 浅生鴨:僕は自分自身としてツイートをする気はなくて、「仮想人格」というか、「NHK」という存在自体のキャラクターを作りたいと思いました。多少つぶやきを始めてみて、「これはちゃんと設計したほうがいいな」って感じたので。 たられば:設計、なるほど。えーと、プロフィールはどう書きましたか? SHARP:ツイッターのプロフィール欄ですか。僕は一回、先行してる企業アカウントのものを見て、それにプラスちょっと関係ないことも言いますよって加えてプロフィール欄にしてますね。今もそこから変えてないです。 たられば:一度作ったらいじらない、動かさないと。 SHARP:あんまり必要に迫られることはないんで。 たられば:浅生さんは? 浅生鴨:始めた当初は「非公式です」って書いて、「まぁ番組の宣伝とかは、あんまりやんないよ」みたいな。公式になってからは「公式です」ってことを書いたんですが、それでも「お客さんとのコミュニケーションをメインにしているアカウントです」っていうことがわかるようにしていました。ただ、NHK全体がいろんなSNSを使うようになって、そのなかでポリシーが決まっていくので、最初の自分で作ったバイオグラフィと最終的なもの(現在のもの)は、だいぶ変わってますよね。 たられば:そのなかでも大事だったなと思うことはありますか? 浅生鴨:「役に立つアカウントではない」ということは一所懸命伝えようとしてましたね。 SHARP:(コミュニケーションの)敷居を下げる、ということですね。 たられば:具体的だなぁ…。

1日1ツイート以上、30ツイート以下

たられば:どんどんいきます。続いて、ツイートの内容と頻度はどのようなものが中心でしたか? 浅生鴨:これは一日のツイート量のマックスをがっちり決めてました。 たられば:どれくらいですか 浅生鴨:「30」ですね。24時間で30ツイート。 たられば:1日に必ず、って考えるとちょっと多い量ですね。 浅生鴨:NHKってある意味ツイートしやすくて。というのも、時間ごとに番組があるんですよ。「このあと3時からこんな番組です」っていうアナウンスがいつでもできる。そういうきっかけのあとに、どうでもいいことをちらっと書いたりっていうことができる。そこがすごいやりやすかったっていうのはあります。 たられば:なるほど。 浅生鴨:でも30ツイートを超えると、やっぱりフォロー数の少ない人のタイムラインを埋めちゃうんですよね。なので、24時間で30ツイートをマックスにして、その代わりリプライのやり取りは無制限にしていました。 たられば:それは、じゃあ「あ、今日は少ないな」という日は、疲れていたり二日酔いの日だったっていうことですか。 浅生鴨:基本的に、前日にもう時間設定しちゃってました。だいたい帰る(退社)前に翌日のツイートを全部セッティングしてから帰るっていう。だからほとんどリアルタイムでやってないんですよ。 SHARP:ゼロツイートの日は容認していましたか? 浅生鴨:いえ、必ずなにか一個はツイートするようにしていました。 SHARP:1以上30以下ですね。 浅生鴨:「継続」ってすごい大事だと思っていたんで。 たられば:SHARPさんどうですか? SHARP:毎日必ずやるっていうのは、僕もそうですね。僕そのマックスの回数は決めてないですけど、「連投しない」というのは初めから決めていました。 たられば:それはなぜですか? SHARP:ひと言でいうと「ウザいな」と思われたくない、ということです。SNSをずっとやっていると、ギャーギャーギャーギャー呟きたくなる時ってあるじゃないですか。 たられば:あります(苦笑)。そういうところが楽しかったりもします。 SHARP:でも企業アカウントって(自分自身とは)あくまで別人格なので、自分のツイートではないんですよ。「何をつぶやくかなぁ…」って考えるので、自分自身とはダイレクトには直結していない。だから基本的に「これを呟きたい!」とはならないですね。 たられば:でも「これとこれを伝えなきゃ」って話にならないんですか? SHARP:当時ツイッターを使ったプロモーションの流行りがあって、要するに「いかに読み手のスマホ画面を自社のツイートで埋めるかが、広告が成功する鍵だ」、って教わったんですね。 たられば:あー、なんだか少し前の広告屋さんが考えそうなことですね…。 SHARP:僕、「たぶんそうじゃないやろなぁ」と思って。「スマホ画面を埋めたらそれは嫌悪感が埋まっていくということで、逆にフォローを外される」と思ったんです。だから僕は、仮に連投したい気持ちが起こっても4分は空けますね。 たられば:またしても具体的。 SHARP:あとはもう、僕もツイートの7割くらいはリプライの返信とか、フォロワーの人との会話なので、たくさんツイートするのもあんまり意味がない。 たられば:ツイートの7割がリプライなんですか。 SHARP:(フォロワーと)どこまでコミュニケーションを測るかのほうが(「何を伝えるか」よりも)重要だと思うので。 たられば:リプライの内容は、具体的にはどういう感じなんですか? SHARP:一対一のおしゃべりです。「(SHARP製品を)買いましたー!」と言っていただいたツイートに対して「ありがとうございました」って言ったり、「なにを買ったらいいですか」っていう買い物相談に答えたり。あとはコールセンター的なやり取りですね。「使い方がわかんない」みたいなリプライにも、答えられるものには答えています。

「これ呟いて」をそのまま呟かない

たられば:続いて、番組や商品の紹介、公式リリースの発表等で気をつけていたこと、心がけていたことなどはありますか? 浅生鴨:「これを呟いて」って言われたときに、それをそのまま流すことはやらないと決めていました。個人的な好き嫌いとか、個人的なように見える好き嫌いとかを足してツイートしていました。 たられば:その「個人的な好き嫌い」と「個人的なように見える好き嫌い」ってどう違うんでしょうか。 浅生鴨:僕個人の好き嫌いとは別にして、「個人的な思考のように見えるもの」をわざと入れるんです。「NHK_PR」というキャラクターの性格を作るためですね。 たられば:すみません、そこもう少し詳しく教えてください。 浅生鴨:わかりやすくいうと、「NHK_PR」っていうキャラクターは、日テレでジブリのアニメが放送されると必ずそこに絡んでいくんです。 たられば:『天空の城ラピュタ』とか『となりのトトロ』ですか。いわゆる金曜ロードショー。 浅生鴨:ええ。でも僕、ジブリアニメはほとんど見たことないんですよ たられば:はい? 浅生鴨:あくまでタイムラインを見て、どういうアニメか、NHK_PRなら何を呟けばいいか考える。でも僕自身はジブリアニメって『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』しか見たことがないんです。 たられば:別人格だというのが徹底しているなぁ…。 浅生鴨:判断するのに優先するのはNHK_PRの好み、僕の体温だけは残していきますが、たとえば僕はまったくジブリアニメには興味ないんですけど、「ジブリアニメに夢中な人」に見えるっていう、そういう好き嫌いを作っていました。

会社の都合よりも読み手への配慮

たられば:シャープさんはどうでしょう。 SHARP:僕もそういうところ、すごくよくわかります。いま鴨さんがおっしゃったことを別の角度でいうと、「会社からこれを伝えてくれって言われたときに、言うタイミングと言い方は、会社の都合は極力排除する」ってことを意識しています。 たられば:言うタイミングと言い方ですか。 SHARP:たとえば、「エアコンが何月何日に新発売されます」という情報があったとして、会社としては「この日に発売!」というのが一番大事でしょうけども、普通の人、お客さんにとっては、おそらくエアコンの発売に一番意味があるのは今年一番寒くなった日とかじゃないですか。あとは夏日になった日とか。 たられば:まあ「欲しい」ってなるタイミングがありますよね。 SHARP:だから、発売日ではなく暑い日や寒い日に呟くんです。そういう「世間の関心ごと」として、タイムスケジュールっていうのを企業の都合に合わせたくないという。 たられば:お客さんの都合を優先するということですね。 SHARP:はい。どっちか選べるなら、世間のほうに完全に合わせるっていうのはやってます。 浅生鴨:あと、僕がやっていたのは、すでに番宣(番組宣伝)、広告がいっぱいやっている番組は、もうあんまり伝わらないというか、ツイッターで宣伝しても仕方ないなと思ってました。それよりは、無名な……まだ誰も知らないような「魚vs.釣り名人」みたいな、「え、そんな番組あるの」みたいなのを主に取り上げるようにしていました。 たられば:「魚vs.釣り名人」。ちょっと見たい。 浅生鴨:だって、もう大河ドラマとか呟いても意味ないじゃないですか。もちろん触らないと怒られるから触るんですけども。 たられば:「そういえば今日、大河の日ですね」みたいな。 浅生鴨:好きな人は見ますから、きちっと予定は抑える、という感じですね。それに「大河に夢中なキャラクター」として書いてはいました。でもまぁそれは愛社精神というか。どちらかというと、あんまりみんなが知らないようなものを掘り起こしていくってことを熱心にやっていました。 →第2部へ続く


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Fri, 04 Oct 2019 19:51:51 +0900 https://comici.jp/tarareba722/episodes/f5bde30737c0c/?utm_source=rss&utm_medium=referral 4253 コラム,コミック,comic,エンタメ,電子書籍,WEBマンガ,WEB漫画,無料 たられば