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ミウとミトと終末のマグノイア(32Pネーム)

17時間前
  +11
*6月21日16時点の作品にコメントしています。 恐かった。戦慄を覚えつつ、読み進めるのに躊躇した。嫌悪(誉め言葉です)するほど恐かった。自分はなぜこの作品が恐かったのか?と考えて、「ディストピアでいちばん恐いもの」が、ここにあるからだとあとでわかった。 切れば蜜がしたたるような甘いキャラクターの魅惑、ミウとミトの豊満な魅力は天国感。しかし、舞台は救いようもないディストピア、ミウとミトがやってることは残虐のきわみ、だから頭が混乱する。蜜に魅かれ、おびき寄せられて、ついつい我をわすれ足を踏み入れていったら、とんでもないところに来てしまった。 「このままここに足を踏み入れてしまって、 自分の何かがひらいてしまったら、いったい私はどうなるのか?」 そんな想いに躊躇しつつ、しかし、先が気になって固唾をのんでスクロールする自分が恐かった。すべての存在はシステムに制御され、異教のシステムに憎しみと殺意を抱くよう宿命づけられている。そこには、言葉のチカラも、愛も、祈りもとどかない、まさにディストピア。「sed Qui me defended? Ab me terribilissimo ipse. (けど、誰が守ってくれるのだろう? 一番恐ろしい自分自身から)」そんな歌の歌詞が浮かんだ。 「けど、誰が守ってくれるのだろう? 一番恐ろしい自分自身から」 ディストピアで最も恐ろしいもの、それは「自分自身」。この作品に私が覚えた戦慄は、そこだ。

【卒業課題】星に向かう天使

18時間前
  +6
*6月20日昼時点の作品にコメントしています。 てんしの速度で恋をした。私も、てんしに感情移入して、これを読んでいる間ずっと恋をしてた。まだ自分の中にこんな純粋な恋の初期衝動みたいな感覚があったんだなあ。純粋に一途にただただ一人の人を想い、勉強してる時も、友達と話してるときも、何をしてる時も、ただその人の影だけを探し求めていた、初恋の頃の自分の感覚が蘇った。てんしが星に逢うシーンでは、星の美しさに息を飲み、時がとまる想いがした。私も、初恋の頃、 その人と逢ってるときは、まるで指先にとまったトンボに、飛び去らないで、と願うように、祈りをこめ、そぉっと、大切に、時をつむいだことを想い出した。いちばん感動したのは、「7番星くららさん」と呼ばれて、星が踏み出す背中。このコマに、泣きそうになった。 「人は、こう生きようと意志が芽生え、覚悟した時に、 何かと決別しなければならない。」 それまでの自分だったり、人によっては故郷だったり、大なり小なり決別しなければならない。星にとっては、てんし。てんしにとっては、星。それぞれ自分の想う芸術に向かっていく意志に目覚め、そこに覚悟を持った瞬間、別れていかなければならない。切ない。てんしにとって星は、恋と、恋にまつわるすべての感情を教えてくれた人、それだけでない、自分の芸術への想いに気づかせてくれた人。星にとって、てんしのあふれでる愛は、芸術に進む勇気と自信をくれた。ふたりは、この地球上で、それぞれに同じくらい覚悟を持って芸術を目指す、唯一無二の相棒=バディ。だが、その深い絆を自覚した瞬間こそ、別れの合図である。だから、このシーンは万感。恋と自立。二つが同時に花ひらき、「はっ!」とするほど美しい。

卒業課題 春日部琴子 クリスティーヌ中島

18時間前
  +5
*6月21日昼時点の作品にコメントしています。 愛あふれる。ファーストシーンのピンクのモヒカンに始まって、この作品は、勇気の琴子への愛でいっぱいだ。「嘘つきは他人と人間関係を築くことができない。ただしだまされる側が変態の場合をのぞく。好きだ!」のシーンで、吹いた。ああ、ほんとうに本能のままに、天然に、勇気は琴子のことが好きなんだなあ! このシーンで、勇気の愛が私にまで届いて飽和状態に達し、あふれた。 「絶対的な愛。 世界中を全部敵にまわしても愛し、みかえりを求めない、 一途で、永遠で、絶対的な愛がここにある。」 それこそが人間が一生追い求めてやまないものではないか。読者まで愛されたような温かい読後感。だから読んだ人も勇気を好きになる。ひとつも自分のためにならない嘘ばかりつく琴子、嘘が習慣化し嘘に塗り固められているからこそ、勇気だけに、チラ見せする「正直な想い」が超魅力的だ。これは勇気でなくても心もっていかれる。おなじ嘘と言っても、三鬼のつくエゴのための嘘とは大きく違う。この作品は、嘘に二種類あると気づかせてくれた。そして、「その嘘、なんのためにつきますか?」問いかけてくる。そして、「愛する人の嘘、許せますか?」とも。

カエルボクサー

18時間前
  +3
はじまり、言葉のひとつひとつがズシッ、ズシッ、と体に入った。紛れもなくこの人はボクサーなんだとリアルに存在が立ち上がった。出だしで心をつかまれた、この気持ちは何なのかなと思う。「カエル」でなきゃならなかったんだ、他の生物じゃダメだったんだ、と気づいたとき、ぐっと説得力が増した。カエル=両生類、水の生き物からも陸の生き物からも虐げられる。両生類が両虐類になったときの居場所のなさといったら、水陸両方から殴られる痛みといったら、人のそれをはるかに超える。人間は、どこでもいつでも自分でいられるわけではない。生きる場所を必要とする。穏やかな家庭が生きる場所の人もいれば、ぬるま湯につかっている自分は自分じゃないとヒリヒリする危険な場所へ旅する人もいる。さえない日常、決して自分には運のまわってこない人生、何のために生きてるかわからないとき、それどころか、自分が生きてるのか死んでるのかさえどうでもよくなった時、人はどうやって生命力を取り戻すんだろうか? 「賀東にとって、痛みこそ、魂の燃料!」 賀東は、虐げられ、殴られ、極限まで痛みを味わいつくした瞬間、自分として覚醒する。痛みこそ、賀東の「生きてる証」。「俺が、俺であるために」、賀東は痛みを求める。ファーストシーンで心をつかまれた理由がわかった。フリーランスである私も虐げられるからだ。痛みへの耐性は私はあるほうだ。文章表現をするから痛みを戸板返しに変換して文章表現を生んだりもできる。だけど、賀東にはかなわない。賀東は、「痛みよ、もっと来い!」なのだ、「痛みの数だけ自分になれる」のだ、痛みに命を燃やすのだ。苦痛に強い、ではなくて、「痛みこそ自分の生きる場所」。格差社会に咲くニューヒーロー、かっこいい!

【本提出用】猫の死神

19時間前
  +22
*6月21日16時点の作品にコメントしています。 か弱く、あまりにもかわいい猫が、「おまえを殺しに来たんだ」と言った瞬間、ギクッと身が凍り一気に引き込まれた。さらに、「殺すと言われて、猫をつれ帰るんかよ!」とソウのリアクションにもドギモを抜かれ、コレドナ感が凄かった。私にとってのキーパーソンは「おばさん」だった。猫にさえ、好きなものは好きと言えないおばさんに、きっと、おばさんは本当はソウを可愛いのだろうな、けど素直に愛情をまっすぐだせないんだ、と気づいたら、この家族全員が愛おしく、ぐっと身近に感じた。「きらいは、好き。」「死にたいは、寂しい、愛されたい。」、人はなんでこんなに、素直に気持ちを表せないんだろう。皆、心に壁をつくり、家族といってもバラバラだ。その気持ちを、シロがほぐして、出させた。頑なになって心閉ざしてバラバラになった人々を、猫がつないだんだ。猫は寿命を削ってここにいる。猫と同居する人たちは、ひとりでに猫に愛を表現し、それを通して自らを解き放ち、まわりの人間とつながっていく。きっとそうしたことが猫のいる家のあちこちでおきている。その使命を果たすために、 「猫は言葉を失い、寿命を削って、ここにいる。」 人とケモノ、人間と死神、垣根を超えて異界のものがともに生きるとき、「代償」がいる。代償を払って人間界に来てくれた猫。これから猫と、その家族をみたら、もっと優しくなれると思う。

強くなればモテると思ってました。

20時間前
  +10
*6月21日15時点の作品にコメントしています。 面白かったー! とくに後半、喪天が恋愛年齢5歳と判明してからは、固唾をのんで読み進め、じわじわと変な汗まで出てきた。 「喪天は、私。」 喪天を自分のように感じた。彼ほど無双では決してない。なのになぜ自分を感じるのだろう?と考えて、わかった。寂しいなら寂しいでいい、愛し愛される人が欲しいなら欲しいでいい。なのに、なぜ、私の人生、「努力して、仕事でより強く、より大きくなって、そうして立派になった愛される」と思い込んで来たの?!! そんなの勘違いじゃん、と、この作品にまざまざと思い知らされた。あーうぅー、刺さった、刺さった。どんなに強くなっても、それで愛されたりしない。愛されたいなら、人の心の機微を読む修行をするなり、話術を磨くなり、何より人とのコミュニケーション経験を積んでいくより他ないのだ。なぜ、私は、まっすぐにそこを求めそこをめざさなかったのか。なぜ仕事で頑張って成功すれば、人がふりむいてくれると勘違いしていたの。そんなことを、この作品から問いかけられ、のたうちまくっていたら、喪天の存在が愛しくてたまらなくなった。これからの成長が、わがことのように気になる。心のどこかで、このまま成長せず、愛おしいキャラでありつづけてほしい気持ちも。現代には、仕事のキャリア300歳、人の心の扱い5歳、のような人もきっと多い。そこにものすごく刺さる作品!