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コミチさんの作品:日本のラノベやゲーム原作のウェブトゥーンの「これじゃない感」はどうして生まれるのか?:イ・ヒョンソク氏(中編)

ウェブトゥーン制作に携わるクリエイターに向けてウェブトゥーンスタジオに制作のキモを訊く新連載。初回は『俺だけレベルアップな件』『盗掘王』『4000年ぶりに帰還した大魔導士』『全知的な読者の視点から』といったヒット作で知られるレッドセブン代表のイ・ヒョンソク氏が個人の新人作家に向けるウェブトゥーン制作の基本。中編ではジャンル選択や企画の立て方、キャラクターデザインについて訊いた。

前編: 日本のウェブトゥーンには、読者に身近なジャンルを描ける個人作家が今こそ必要だ

 

■日本のウェブトゥーン市場では読者数が多い十代に身近な作品が空白地帯になっていた

イ・ヒョンソク  阿賀沢紅茶さんのウェブトゥーン『氷の城壁』は工業生産的な分業によるスタジオシステムから生まれたものではなく、作家個人の意識が乗っていて反響を呼んだ作品です。最初にLINEマンガインディーズへの投稿で読者から注目され、集英社の少女マンガ誌の「マーガレット」が声をかけてLINEマンガで公式連載になり、100話以上続いて2022年春に完結しました。作家さんはいまジャンプ+で連載しています。

 

 この『氷の城壁』は、LINEマンガの総合ランキングでトップ20以内、少女・女性カテゴリではトップ10以内に入っています(2022年11月現在)。予算をかけて集団制作したものでなくても、売れる作品は作れるわけです。

 

 ウェブトゥーンとして見ても模範的な事例です。もちろん、日本マンガ的なヨコ方向の視線誘導が使われていて、タテに完璧に最適化されたマンガかというとそうではない部分もあります。また、『氷の城壁』はスタジオ制作されたバトルものやロマンスファンタジーと比べて、パッと見では絵のクオリティが高く見えないかもしれません。でも成功できる要素を強く持っています。ウェブトゥーンを作るときに考えないといけない鉄則を守っていて、個人クリエイターにとって学びが大きい作品です。

 

 鉄則とは何か。まず「読者が誰なのか」を考え、それに応えて描くということです。調べたわけではありませんが、『氷の城壁』は若い中高生、それも女性だと思います。そういう人たちに一番需要がある青春学園ものをやった。今日本で流行っている韓国産のウェブトゥーンの多くは「学園もの」と言ってもバトルをしたり異世界に行ったりしているもので、シンプルな恋愛ものや友人同士の人間関係を描いた作品は少ないでしょう。

 

Ⓒ阿賀沢紅茶/集英社
https://manga.line.me/product/periodic?id=S120538

 

――たしかに、「学園恋愛もの」だと元Wanna Oneのパク・ジフン主演でドラマになった『恋愛革命』とかくらいですかね。ピッコマも初期にはやはりドラマ化された『恋するアプリ』なんかが人気でしたが。

 

イ・ヒョンソク  昔はcomicoの日本オリジナル作品でも学園ものがよくありました。ギャグ中心で、わちゃわちゃしていて、若い人が好きそうな色使いをした作品が人気だった。でもcomicoは2016年末に完全無料をやめて部分有料化にビジネスモデルを変更して以降、課金率や課金額が高い方に高い方にとジャンルを寄せていった結果、今は大人の女性向けのロマンスファンタジーに偏っています。結果、読者数としては多い十代が気軽に読めて身近に感じる作品が空白地帯になっていた。『氷の城壁』はそこに球を投げたわけです。

 

 もちろん、女子中高生は大人と比べればお金は持っていません。でもおもしろければ買います。『氷の城壁』は100話くらい溜まったあとで宣伝かけたことで売れました。配信ストアによって違いますが1話十数円~二十数円とか、いずれにしても韓国ウェブトゥーンの標準的な価格よりも安い値付けをしたことで「たくさん読めるじゃん」と中高生に支持された。実は「連載最新話を課金してでも追いたい」という人ばかりではなく「ちゃんと完結していないと読まない」という読者も一定数いるんですね。

 

――ウェブ小説でもエタっていないか(完結しないまま連載が長期間放置されていないか)を気にする読者が少なくないですが、それと同じですよね。翻訳されたウェブトゥーンだと、日本で売れないと途中で未完のまま放置されますし……。

 

イ・ヒョンソク  連載中なら定期的に更新されるかどうか、連載が終わった作品なら完結しているかどうかを読者が気にするのは当たり前のことで、個人作家も制作時にそこをないがしろにしてはいけません。

 

 整理しますが、『氷の城壁』は女子中高生が好む学園ものであり、読者が払える一話あたりの単価を設定し、けっこうな話数があってしかも「ちゃんと完結している」という安心感もあって、売れた。これはスタジオシステムで作られた大人向けのブロックバスター作品やロマンスファンタジーとは全然違いますが、読者のニーズを満たす作り方・売り方の戦略が成立しています。

 

――個人作家としてウェブトゥーンを始めて「食っていけるのかな」「読んでもらえるのか」と思っているクリエイターもいるでしょうが、個人作家でも描けて読者がたくさんいるジャンルも十分あると。

 

■企画はわかりやすさ、嫌悪感を抱かれない間口の広さ、主人公の動機が重要

 

――作品を描くにあたって、多くの作家はまず「どんなキャラが出てくる、どんな話にしようかな」と企画を考えるわけですが、その際の何かポイントはありますか。

 

イ・ヒョンソク  この話題に関しては僕の経験からお話しますが、日本の事業者や作家がレッドセブンに「これ、やりませんか」と原作として持ってくるもので多いのが「ラノベ」と「ゲーム企画」です。男性向けのラノベの表紙はほぼ女性キャラクターですが、極端な言い方をするとそれって「男性の欲望が具現化されたもの」でしょう。こういうものは今の10代~20代のウェブトゥーン読者には人気がありません。もちろんエロやBLのウェブトゥーン需要は、それはそれであります。でも一般向けのウェブトゥーンではウケない。

 

 日本で作られたウェブトゥーンの1話を読むと、けっこうな割合で昔の少年マンガの文法なんですよ。いきなりヒロインが出てきて、パンチラがあり、敵が現れて主人公の男性が戦うと。僕のところに持ってこられるラノベ原作でも、大抵こういう導入になっています。ところがこれでは若い読者は違和感を抱きます。

 

――当たり前ですが、女性はとくに受け付けないですよね。男にしても、全国学校図書館協議会の「学校読書調査」を見ると今の中高生男子にエロ要素の強いラブコメラノベはほとんど読まれていないし、ジャンプ本誌から矢吹健太朗『あやかしトライアングル』がジャンプ+に移籍して以降、少年誌の象徴たるジャンプにも今やエロコメはない。日本性教育協会の「青少年の性行動調査」を見ても若者の性行動や性への関心は2000年代後半以降減退の一途を辿っていて、性に対するイメージも悪くなっています。

 

イ・ヒョンソク  もうひとつ、ゲーム原作の企画のシナリオのほうはなぜダメか。最近のゲームは設定や情報の塊で、難しすぎるからです。ゲームプレイヤーはチュートリアルをこなしたりして自分でプレイしながら仕様や設定をひとつひとつ覚えていきますが、ウェブトゥーンは読むだけですから「複雑な設定を覚えて」と言われても普通はムリです。長々と書かれても面倒くさくて読む気がしません。

 

――安易にソフトエロを入れたり、情報量が多すぎたりするものはウェブトゥーンではあまり望ましくない、と。言いかえると読者の間口を狭める要素は減らして、入りやすくしましょうということですよね。

 

イ・ヒョンソク  ウェブトゥーンは「勉強」が必要なものではなく、覚えなくてもささっと読めるものがいい。ゲーム的な設定の小説原作作品はウェブトゥーンでもたくさんありますが、実は読者に対して出す情報量に気を遣っていて、主人公の目線に一体化して読んでいけばわかるように作られています。

 

 しばしば誤解されていますが、「ウェブトゥーンは展開が早いから読者に提示する情報も飛ばしていい」というわけではありません。弊社の作品では序盤に主人公の説明にけっこうな尺を使っていますし、動機をわかりやすくしています。たとえば『俺レベ』の主人公・水篠旬の動機は「病気のお母さんに親孝行しよう」とか「妹のため」といったものです。これは庶民の労働者の感覚です。1話の時点での主人公は弱いハンターですが、着ている服を見てください。普通の人、庶民の服です。そういう存在が力を得たらどうなるかを描いた作品ということです。

『俺だけレベルアップ』プロローグより 
©DUBU(REDICE STIDIO), Chugong 2018 / D&C WEBTOON Biz

 

 ウェブトゥーンでもマンガでも、第1話で主人公の動機の説得力をいかに出すかが重要で、読者が「こいつの話を追いかけてみたい」と思ってくれるものにする必要がある。設定の羅列にコマ数を取られて主人公の動機の提示をおろそかにしてはいけないんです。

 

――間口が広く、気軽に楽しめるジャンルであり、設定に引っ張られて第1話がブレないためにも、若い個人作家が取り組むなら学園ものやギャグがオススメだと。

 

イ・ヒョンソク  韓国ではチュ・ソクさんが描いた『ココロの声』は週に2回ペースでNAVER Webtoonに連載され、不条理ギャグものとして国民的な作品になりました。日本でもギャグマンガの需要は一貫してあるわけですから、ウェブトゥーンでも出てきてほしい。

 

 もちろん、ここではあくまで多くの新人作家にとって身近で描きやすいものとして学園ものやコメディをオススメしているだけです。たとえばNAVER Webtoonには多様なジャンル、絵柄、ストーリーの作品が存在しています。

 

 Netflixでドラマになったチョ・ギュソクさんの『地獄』は、宗教の正当性とは何かを正面から扱った作品です。それからこれは日本語に翻訳されていないのですが、dモン(d몬)さんの『デイヴィット』(데이빗)という作品では、人間と同じように考えられるブタが出てきて「これは人間なのか、ブタなのか?」ということが問われる。同じ作家が次に描いたのはSF作品の『エリタ』(에리타)でこれもすごいおもしろい。

 

 僕たちレッドセブンと日本のSHINE Partnersが組んだ『魔鬼』は「ウェブトゥーンでは芸術性の高い作品が表現できない」といったステレオタイプなイメージに挑戦した、「抑圧」をテーマにした作品です。これは韓国人と日本人との合作という意味でも難しいことをやっています。原作は韓国の電子書籍大手で、BLやTLが強いRIDIから出てきた人気作品ですが、ウェブトゥーン版ではネームの担当者が美大出身で、クリムトの絵の話などを参照しながら哲学的な内容も入れて「こういうものがウェブトゥーンでも出せるんだ」と知らしめるような作品になっています。

©フカキショウコ, hanheun, B.Cenci, / RIVERSE

 

――明確に描きたいことやテーマがある作家は、それが流行りなのかどうかに囚われすぎずに自分が想定する読者に向けて描けばいいし、情報量や序盤での主人公の動機の提示といった基本的なことを押さえれば、懐の広いメディアがウェブトゥーンだと。たしかにNAVER webtoonの投稿コーナーである「 挑戦漫画 」やそのグローバル版(英語版)の「 Webtoon CANVAS 」を覗くと、絵柄にしてもストーリーにしても多様なバックグラウンドの作家が集まっていて「こういうのもあるんだ」「これも人気があるんだ」と驚かされます。韓国語や英語がわからなくても、クリエイターの人は見てみるといいかもしれません。

 

■現時点では頭身が高くて手足の長いキャラが描けるならその方がベター

――企画が決まったらキャラクターやストーリーを掘り下げて作っていくことになりますよね(実際には行ったり来たりしながらだと思いますが)。レッドセブンでは連載が始まる前の時点でどこまでのプロットを切っていますか?

 

イ・ヒョンソク  レッドセブンでは先々を見越して50話以上制作していますが、当然ながら新人作家は長期連載前提でお話を作る必要はありません。1話30~40コマ程度で3~4話分でまとまるお話を考えれば十分です。それをLINEマンガインディーズなりに投稿してみて、反応が良かったら続きを考えればいい。

 

 キャラづくりやプロットの切り方に関して自分でゼロからオリジナルを作る新人に対して少しアドバイスしづらいのは、僕らレッドアイスでは、これまで原作小説がある作品をウェブトゥーンにしてきたんですね。ですからすでにテキストベースでキャラクターやストーリーは原作としてある状態から僕たちは作ってきました。

 

 それを断った上で僕らがどうしているかをお話すると、まず先々を見越した大まかな全体のプロットを作り、それから一話ごとに詰めていきます。その際の進め方は作家それぞれです。Excelでお話やセリフをコマ単位で管理している人もいるし、ペラ一枚の紙で全体を管理している人もいます。ネームにするにあたっても、絵と文字を一体に考えていく人もいるし、文字ネームを作ってから絵の作業を別にやる人もいます。キャラクターづくりやプロット、ネームまでの作業は作家それぞれがやりやすいようにやればいいと思います。

 

――ウェブトゥーンでキャラクターデザインをする上でのポイントはありますか?

 

イ・ヒョンソク  僕たちのスタジオでは線画の作家がキャラデザも担当しますが、日本の作家が意識した方がいいかなと思うのは「体型」ですね。僕は日本のマンガやアニメのキャラクターのシルエットは安彦良和さんによるものが標準形だと思っています。5~6頭身の東洋人で、頭と目が大きくて、目元は丸い。設定上「20代」であってもベビーフェイスで10代に見える。

 ところがウェブトゥーンでは、もっと頭身が高くて手足が長い方が好まれます。

 

――縦長の画面で下にスクロールしていくものだから、そのほうが映える?

 

イ・ヒョンソク  それもあるかもしれませんが、単純に韓国ではそういうキャラクターデザインが一般的で、読者が慣れているだけだと思っています。その昔、1970年代や80年代に、日本のTVアニメ番組はとんでもなく安い値段でアメリカやヨーロッパのケーブルテレビや地方のローカル局に売られてバンバン放送されたことで人気が定着していったという経緯があります。だから欧米人は日本のアニメのキャラクターデザインに慣れている。それと同じで、すでに韓国で作られたウェブトゥーンを読み慣れている人たちがいるので、合わせられるなら今はその方が無難である、ということです。

 

 先ほども言いましたが、韓国では現状でも日本市場よりもキャラデザを含めてウェブトゥーンの多様さが許容されていますし(とはいえそれも日本のマンガほど色々な評価軸が存在しているわけではありませんが)、韓国でも日本でもこれから絵柄もテーマもより多様化していくとは思います。日本の少年マンガだって、1959年に「少年サンデー」「少年マガジン」が創刊されたときには今のような多様さは存在しておらず、手塚治虫系列のものが主流だった。でもそこから枝分かれしていったわけですから。

 

――短期的な「最適解」と、中長期的な多様化の見通しは、作り手としても分けて考えた方がよさそうですね。(後編に続く)

後編: 計算された「引き算」によるシンプルな表現こそウェブトゥーンの鍵

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李・ヒョンソクさんプロフィール

1999年12月に来日し、2004年に東京都立大学大学院修士課程修了。社会学修士。

漫画原作者としてデビューし、日本では講談社でデビュー。その後、編集者としてスクウェア・エニックス、NHNcomicoなどを経て、2019年に前身となるL7(現レッドセブン)を日本で創業。

制作作品に「俺だけレベルアップな件」「全知的な読者の視点から」「4000年ぶりに帰還した大魔導士」など。

 

 

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2022/12/23 コミチ オリジナル