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シャープさんさんの作品:逃げるは恥だが希望がある

寝正月でした、@SHARP_JPです。今年の正月ほど、寝正月が合法だった年もなかったのではないか。新しい年の幕開けを家でダラダラ過ごしてしまった私とあなた、気に病むことはない。われわれは正しい行動を完遂したのだ。どうやら世界はままならないままですが、みなさまどうぞ今年もよろしくお願いします。


お正月には私も例に漏れず、ドラマ逃げ恥のスペシャル回を観た。そして例に漏れず、深い感銘を受けた。随所に現在的なメッセージが込められていることで知られたお話だから、私が受けた感銘も複雑な層を成している。


ただ、中でもいちばん大きかったのは「多様な人間をだれひとり排除せずともこんなにおもしろい物語が作れるのか」という感銘だった。登場する人物それぞれがことごとく、多数/少数で言えば少数を、強い/弱いで言えば弱いを代表する背景を持って生きている。ドラマはその事情をすべて掬いあげ、ひとつもこぼすことなく、希望の物語につなげる。それはつまり、見る人をだれひとりとして排除せず、「これは私の話だ」と感じさせることだ。そんな不可能とも思える体験を、家で寝転びながらできるとは考えもしなかった。


思えば私は、仕事において「排除する」ことを教えられてきた。製品ならユーザーを、広告ならターゲットを設定することで、売れたり伝わったりするぞという考え方だ。30代ワーママ向けの家電とか、M1層のコマーシャルとか、都心部在住の高感度なペルソナだとか、どこかで耳にしたような人間の像を想定しなければ、商売は成立しない。それはなかば信仰のように、私の仕事を支配してきた。いまもそうだ。


しかしその信仰はつまるところ、想定した人間以外を排除することでもある。排除することで伝達を効率化し、排除することで選ばれた消費を実感させる。切り捨てこそ正義。選択と集中こそビジネス。そういう風に教育を受けた私を、逃げ恥はあっさりと背負い投げた。排除せずとも伝わる。全員が選ばれる。全方向にやさしいは成立する。希望の物語は私に、これからの仕事の希望まで示してくれた。


ハリボテちゃん(コンテくん 著)


「全方向にやさしい」はこの作品でも成立しているのかもしれない。いつも気丈に働く人も、他人の言葉がグサグサ刺さっている。飄々として見える人も、ほんとうの感情は胸の内にしまっている。そしてマンガでは、弱いとか少数という背景を抱えた人たちの間で、それぞれの「しんどさ」を身代わりに受け止めるハートのシールが描かれる。


ハートのシールはハリボテと呼ばれるが、その効果は人を選ばない。ただし効果は持続せず、受け止められる他人の言葉には限度がある。ハリボテとはまさに、人のメンタルの象徴だ。作中でハリボテは「しんどさ」から逃げるために使われ、一方で「しんどさ」に向き合うために使われる。どちらにしてもしんどさを抱えて生きるわたしたちは、心の中に緩衝材を仕込む必要があるのだと思わせられる。


個人的な話を申し上げると、私は以前、作中で主人公が激務をこなす、コマーシャルの撮影現場に立ち会うような仕事をしていた。だからなぜ彼女の仕事が激務になるのか、なぜ彼女が気丈に振る舞うのか、よくわかる。それを想像し、それを思い出すたび、私の胸はチクリとする。


そういえば奇しくも、この作品も「逃げる」を肯定するお話だ。だれかにやさしいでなく、だれにもやさしい。たぶん、いまを生きるわれわれに必要とされる物語はそこにあるのだろう。そして私もそういう仕事がしたい。これは新年の抱負ではない。労働の希望だ。 

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