魅力的な漫画の描写とはどうやって生まれるのだろう。
編集者として多くの漫画と向き合ってきた佐渡島庸平さんは、漫画の魅力はさまざま
あれど、特に「ポエティックさ(詩的さ)」に惹かれると語る。
今回は、羽賀翔一さんの『ケシゴムライフ』から詩的な表現を生む秘密に迫っていこう。
* * *
◆距離があるモノの取り合わせ
(以下、佐渡島さん)
ポエティックさを生む方法のひとつは、関係ないものを取り合わせることです。
『ケシゴムライフ』には、「横断歩道の隙間は川になっていて、そこにワニが潜んでいような気がする」という妄想から、横断歩道に怯える主人公が出てきます。
■「横断歩道」と「ワニ」の取り合わせ
また、入院中の子が病室で甲子園を観戦していて、そこで活躍しているバッターが「自分がナンバー1だ」とばかりに指を突き立てている姿を見て、「僕がそれをしたら“一人っきりだ”になってしまうよ」と思うシーンも印象的。
■「甲子園選手の一本指」と「入院の孤独」
「横断歩道」と「ワニ」。
「甲子園の選手が突き上げた指一本」と「入院の孤独」。
この一見何も関係しないものを組み合わせることで、“詩”が生まれています。
ポエティックなものの生み出し方は、短歌や俳句などを例に取るとわかりやすい。
例えば、俵万智さんの
<「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日>
という短歌。
「サラダ」と「記念日」という、一見重なり合わないモノを取り合わせることで詩が生まれ、多くの人が魅了されました。
イメージが近いモノを並べたところで、当たり前の描写や説明的な表現となってしまい、ポエティックとはなりえません。
距離感が遠いモノを組み合わせて、その取り合わせが読み手の納得感を得られるものになっている時に、魅力的な詩は生み出されるのです。
◆映像が自然に浮かぶ取り合わせが成功する
とはいえ、距離感が遠いモノを組み合わせれば、すべてが詩的になるわけではありません。
心に響く組み合わせになっているケースと、「いや、無理があるだろう」と感じる場合がある。
その違いは、いったい何なのでしょう?
それは、自然に映像が生まれるかどうかにあると思います。言葉を尽くしてやっとわかるようなものは詩的にはなりえません。
漫画ではもちろん映像化が重要ですし、韻文においても十七音や三十一音の中から勝手に絵が想起される絶妙な取り合わせが重要です。
例えば、『ケシゴムライフ』では、「教室の床のマス目」と「他者との境界線」とを取り合わせているシーンがあります。
この描写は、文章で書くよりも絵で見せた方がずっとわかりやいですよね。
■「教室の床のマス目」と「他者との境界線」
つまり、距離が遠いモノを取り合わせて、映像化ができれば、ポエティックな表現として成功しているといえるでしょう。
詩を生む組み合わせを見極める訓練として、頭の中で「これとこれをくっつけたらどうかな?」という掛け算を繰り返す方法がオススメです。
最初の段階は、距離が離れたモノを持ってくることが案外難しい。しかし、慣れてくると「お、これはいけるかも」という“取り合わせの妙”を生み出していくことができるようになります。
◆アイディアの強度を推し量る
読者を一瞬で魅了するポエティックなものがあると、漫画作品としては非常に強い。
『ケシゴムライフ』で印象的なシーンがあります。郵便受けがニヤッと笑たと感じた日だけ、母親と離婚してなかなか会えな父親から手紙がきている、という場面です。
■郵便受けがニヤッと笑う
これは、羽賀さん自身が父親を恋しく思っていた幼少期を回想して描いています。僕はこの描写にグッときます。
実のところ、こうした詩的になりうるアイディアは少なくない人が思い浮かぶものなのです。では、何が問題かというと、アイディアに対する順位付けができないということ。
冒頭で紹介した、横断歩道のシーンを例に取って説明しましょう。
「横断歩道」との取り合わせが「ワニ」ではなく、「ピラニア」の場合はどうでしょう。僕は編集者として、同じ恐怖を与える素材にはなりえるけれど、映像としての表現としては弱いという感想を持ちます。
「横断歩道×ピラニアのアイディアが60点だとしたら、それを80点の描写にするにはどうしたらいいと思う?」
新人漫画家本人がアイディアの価値を理解していない場合、そんな投げ掛けをされると、「横断歩道」を他のモノに替えて60点を30点に下げてしまうようなことが起こりうる。
魅力をあげるどころか、減点させてしまうんです。
多くの新人漫画家の問題点は、アイデアに対しての正確な診断ができないことです。
「自分が思いついたネタの強度は自分ではわからない」と、思っておいた方がいいでしょう。
そこで、自分の思いついたネタの強度を測定する方法として僕がオススメしているのは、Twitterで1コママンガをアップしていくことです。
どんどん1コママンガをTwitterにあげ、「あ、これがウケるんだ」という実感的な学びを積み上げていくことが重要です。
気をつけてほしいのが、多くの人にウケようとするあまり“役立ち度”に走ってしまうことです。役立ちと詩的さは、重なり合いづらい。
役立たないけれど人が魅力的だと感じる描写を捉えられる自分の価値基準を育んでいくことを、目指してほしいと思っています。
聞き手・構成/佐藤智@sato1119tomo & コルクラボライターチーム
もっと作品を描いてもらえるよう作者を応援しよう!