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佐渡島 庸平(コルク代表)さんの作品:自分の身体感覚から感情を捉える【感情と情動のちがいを知る 後編】

「作品には感情を描きましょう」


これは、編集者として佐渡島庸平さんがさまざまな新人作家に伝えてきた言葉だ。しかし、その真意を汲み取れる作家はそう多くはなかった。


どうしたら意図するところを伝えられるのだろう。思い悩んだ佐渡島さんがたどり着いたのは、感情と情動を区別することの重要性だった。


前編では、感情と情動は似て非なるものだということをお伝えした。

後編は、物語の登場人物の感情を描くためのファーストステップとして、自身の身体感覚を捉える大切さを考えていきたい。


* * *


生活リズムを一定にすることで体調の変化を感知する

(以下、佐渡島さん)


前回僕は、「情動と感情をセットで描くこと」の重要性を伝えました。

では、感情を捉えるにはどうしたらよいのでしょう。


あらゆる感情を捉えられるようになるためのファーストステップは、一番身近な自分自身の感情を把握することです。そして僕は、自分の体の反応から自身の心を捉えることができると考えています。

だから最近、Fitbitで心拍数を確認して、低ければ「リラックスしている」、高ければ「緊張していたようだ」という検証を繰り返しているのです。


しかし、心拍数から正確に感情を捉えるには、自分の安静心拍数がどれくらいかを把握し、さらに感情以外の要因で心拍数が上がることがないようにしなければいけません。


僕は安静心拍数がだいたい69なのですが、検証がしやすいようにそれを60で安定させようと現在トライ&エラーを繰り返しています。


心拍数を一定に保つことができるようになれば、感情による心拍数の動きを見定めることができるようになるはずです。


体から感情を捉えようとしているのは、何も僕だけではありません。


例えば、作家の村上春樹さんが日々マラソンをしているのは有名な話ですよね。毎日同じだけの距離を走っていると、「今日は疲れやすいな」「今朝は快調だ」など自分の体の調子に敏感になります。


他にも、毎日同じ時間に起きることや同じものを食べることなどで、自分の体のチェックポイントができていきます。


そのチェックポイントから、自分の体の変化を捉え、結果的に感情を敏感に把握することができるようになっていきます。


つまり、体をおろそかにすると感情を捉えにくくなるともいえるのです。作家を目指すならば、規則正しい生活で体のセンサーを研ぎ澄ませなければいけないのです。


肉体感覚から感情を探る

また、人間の感覚から感情を探る方法も有効だと考えています。


感覚も、いわゆる五感と呼ばれる外受容感覚、スポーツ選手などが優れている平衡感覚などの自己受容感覚(固有受容感覚)、便意など生理的な状態を示す内受容感覚の3つに分けられます。


例えば、食欲にフォーカスを当ててみましょう。

僕は昨日ケンタッキーフライドチキンを食べたんですが、それは前日にサウナで「ケンタッキーフライドチキンの売上が右肩上がりだ」というニュースを見たからなんです。

体が欲していたからチキンを食べに行ったというよりは、視覚情報や味の変化はあるのかという興味で食欲が喚起されました。


コルクラボの雑談スレッドには、「今日は◯◯を食べた」という情報が日々アップされているんですが、僕はそういったものにもすごく影響を受けている。


自身の食欲は自分由来なのか、視覚や嗅覚などを刺激された他者由来のものなのか、毎回真剣に見極めています。3つの感覚のうち何が刺激されているのか、欲望を細分化することで自分の心にも敏感になっていくのです。


身体性を取り戻すことで自己肯定感が高まる

少し話がそれますが、近年、自己肯定感の問題にフォーカスを当てられることが増えてきました。それだけ、「自己肯定感がない」と思っている人が多いということでしょう。


多くの人は学歴をつけようとしたり出世を目指そうとしたりなど、肯定感を高めるための要素を外側に見出そうとします。


しかし、いくら外側を固めても自己肯定感を高めることは難しいのではないかと僕は思っています。僕はこれまで、多くの社会的成功をおさめた方にお会いしてきました。

しかし、富も名誉も得ている方で肯定感が低いという方はたくさんいらっしゃる。だから、外側ではなく、自分の中に自己肯定感を高める要素を探していかなければいけないのだろうと思うようになりました。


実は、この自己肯定感の問題も、自分の身体感覚に敏感になることで解決していけるのではないかと僕は考えています。


肯定感が低い人は、自我がフワフワしているという特徴があります。

そのフワフワした状態で、SNSやVRなどによる概念的自己の拡張作用が加わると、より不安定な状態に陥りやすくなる。精神が不安定になることにより、Twitterへの書き込みを自己批判だと捉えて過剰に反応を示すような人が登場してしまうのです。


多くの人はつまらないことで傷つかないようにと、こぞってメンタルを鍛えようとします。しかし実のところ、メンタルを鍛えて精神の不安定さを解決できる人は多くはありません。


大切なのは、身体的な自己を確固たるものすることです。そうすることで、自我の範囲も明確化する。

例えば、農業や漁業に従事している方々は、日々自然の中で体を使っているので身体が安定しています。これにより、自己の肥大化を防ぎ、生きていくために必要な精神的な鈍感力を身につけられていると僕は考えています。


クリエイターでなくとも、身体感覚に敏感になることは必要なこと。特に自己肯定感の問題にフォーカスを当てられている現在においては、非常に重要です。


感情と体はつながっています。クリエイティブに必要な感情への感度を、まずは自身の体と向き合うことで上げていきましょう。感情を描く作品の第一歩は、自分の体に興味を持ち、観察することなのです。


聞き手・構成/佐藤智@sato1119tomo&コルクラボライターチーム

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