末次 由紀(すえつぐゆき)の作品:「空腹」の話

「空腹」の話

#初めてのファンレター(小学生限定:ファンレターくれたら全員にお返事書きます)という一人キャンペーンをした結果、240通(8月以降またお手紙が届き260通に)小学生さんからのファンレターをもらいました。

そしてこの二週間で170名の小学生にお返事の葉書を書きました。(みなさんありがとうございます!)


その中で特に何度も聞かれるのが

「なぜ漫画家になろうと思ったんですか」


これはどんな漫画家さんでも、というかあらゆる職業選択の経験のある皆さんも聞かれることがある質問です。

「なぜその仕事を選んだの?」


わたしはそのたびに何度も考えてきました。なにせ2千回くらい聞かれてきたから。

「他にできることがなかったから」と最初は答えていたんです。

それもほんとうですが、もっと芯の方を見つめてると、またちょっと違う言葉が出てきます。

自分の選択の理由は 


「足りないと思ったから」


小学五年生くらいから漫画を描いていて、中学生になり本格的に投稿原稿を描いていたんですが、その時はまだ「(他の人よりも)絵が好きだから」くらいの理由でした。


その当時大好きになった漫画家さんがいました。(高河ゆん先生なんですが。)


もう、なんでも買う。

その先生の作品の漫画もイメージアルバムも画集もファンブックも全部買う。「新刊案内」を毎月チェックして、何月に新刊が出る!と確認して、出ないとわかってる月も「とは言ってもチェックしきれてない新刊が出るかもしれない」と本屋さんに通って。


もちろん貧乏な中学生。

お金がなくなって、投稿用の原稿用紙が買えなくて、一時投稿を中断するくらい。


そんなふうに買いあさって全部堪能した後に思ったんです。


「足りない」と。


どんなに読んでも空腹でした。そのくらい尊敬し、大好きな漫画家さん。その存在がそもそも素晴らしいんですが、でもわたしは満たされなかった。


自分の好きな漫画がこの世に足りない。


もう、自分で書くしかない。


わたしの着火点はここでした。

中2から高2でデビューするまで3年間で34作も投稿作品を描きました。


「なぜ漫画家になろうと思ったんですか」


お腹が空いたからです。足りないものに出会ったからです。自分で作るしかないと思ったからです。


だから思うんです。 

 「なんの仕事を選んだらいいの?」 そう思う時、自分自身に聞いてみてください。

 「君はなにが『足りない』?」 


好きなアイドルに会える回数が足りない、好きなお寿司を食べる回数が足りない、ゲームする時間が足りない、寝る時間が足りない、世界に平和が足りない・・・・ 


いろんな「足りない」ものの中で、自分が切実に願い手を伸ばすもの。 

 そこに踏み出すしか、人生を、自分を充足させられる方法はないと、わたしは心の底から思います。


漫画を20年以上書かせてもらって、今書いている連載もそろそろ45巻という長い作品で、いろんなことを経験させてもらったから、自分の中の漫画家としての欲みたいなものも大人しくなってきた気がします。 

マグマみたいだったのが、温泉くらいの温度になった気がします。


でも、その自分の着火点を思い出すたびに、どんなに眠くても受験勉強がキツくても投稿の締め切り日に郵便局に走っていた情熱を思うたびに、「まだまだ『足りない』を持っているままだ」と感じます。


わたしがもらった感動を、わたしはまだ返せていない、と身がちぎれるほど思うんです。


頑張ってもとても手の届かない憧れが、今でも自分を引っ張っていると感じます。

どこまで行けばゴールなの?それはまだ全然わかりませんが、これだけは言えると思います。 


「足りない」と思った時が、人生のスタートです。