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佐渡島 庸平(コルク代表)さんの作品:キャラクターの主観的感情に読者は感動する【感情と情動のちがいを知る 前編】

「作品には感情を描きましょう」

これは、編集者として佐渡島庸平さんがさまざまな新人作家に伝えてきた言葉だ。しかし、その真意を汲み取れる作家はそう多くはなかった。

どうしたら意図するところを伝えられるのだろう。思い悩んだ佐渡島さんがたどり着いたのは、感情と情動を区別することの重要性だった。

感情と情動は似て非なるものだという。一体その違いとはなにか? 

そして、作品の中で描くべき感情とはどういったものなのか。前後編に分けて、お届けしよう。


***


「感情」と「情動」を区別する

(以下、佐渡島さん)

僕は新人漫画家に「登場人物は感情豊かに描きなさい」と口を酸っぱくして伝えてきました。物語において感情が重要なことはみんな理解しているので、「はい」と頷いてはくれる。しかし、僕がイメージするような感情を漫画で描き切れる人は実際のところかなり少ないのです。


作品の中でどうやったらうまく感情を紡ぎ出せるのだろう。それは僕の長年の悩みでした。そして最近、『感情とはそもそも何なのか:現代科学で読み解く感情のしくみと障害』(ミネルヴァ書房)という本に出会います。


この本の最も示唆に富むポイントは、「感情と情動」を区別するという視点です。それまでの僕は、この2つの言葉を混在して使っていました。そして、おそらくほとんどの人が、「感情と情動」の違いを明確に説明することはできないでしょう。


しかし、この違いを認識することこそがよい作品を描くためには重要だったのです。


では、この2つの違いとはなんでしょう。


情動とは、生理的反応で他者が見ても判断できるものだと定義づけられます。一方で、感情は主観的な意識の体験で、他者によって観測することはできません。


つまり、登場人物が嬉しくて満面の笑みを浮かべているシーンは情動は描いているけれど、感情は描き切れていないのです。


この違いを知り、僕が求めていたのは、情動だけでなく感情を描いた作品だったのだと気づいたのです。


社会的な成功が喜びとは限らない


僕が作品の中で重要だと考えている感情とはどんなものか。例えば、深い深い悲しみの中にありながら、微笑みをたたえているというシーンなどがそれに当たります。本人の意識の中での主観的な心の動きこそ、感情です。


「嬉しい出来事があったから笑う」「悲しい事件があったから泣く」というのは、どんな人にでも共通する心の動き。しかし、悲しみの中で顔では笑っているというのは、登場人物の個性があってこその心の動きです。


そもそも人間の心の動きは複雑で、みんながいいというものに対して自分も喜びを感じるとは限りません。


「億万長者になる」「偏差値の高い大学に入る」「何かで世界一になる」、そうしたことは社会的成功とはいえるでしょう。しかし、その一方で社会的な価値よりも、自分の立てた目標を達成できる方がずっと嬉しいという感情を抱くのが人間なのです。

僕にも経験があります。社会的成功と自分の目標が一致していたときは、誰かに「おめでとう」と言われると純粋に喜んでいました。しかし、今は社会的成功と自分の目標がズレてきていると感じます。

例えば、担当した作品が何万部売れるということよりも(もちろんそれも嬉しいのですが)、作家のファンコミュニティができ、それが活性化している方がずっと嬉しかったりするのです。

このような“その人ならでは”の主観的な意識こそ、感情といえるのです。


主観的な心の動きから感情を見出す

恋愛は、感情を描きやすいテーマです。それは、世界30億万分の1の異性を選ぶ思考が、非常に主観的なものだといえるからです。物語の中で、ハンサムでお金持ちの男性ではなく、一見社会的成功とは無縁の男性を選ぶ女性の心理は主観的感情以外の何物でもないでしょう。


恋愛作品だけでなく、キャラクター“ならでは”の感情を描くことこそが作品の肝となります。


例えば、偏愛ともいえるような特性も、感情を描くのに格好の題材となります。世界的な奇書を得られることが、億万長者になることよりも嬉しいという人の心の動きは非常におもしろい。そうしたオリジナルな感情を余すことなく伝えられる作品にこそ、僕らは感動するのです。


「情動と感情をセットで描くんだよ」


僕が作家に伝えたかったのは、この言葉だったということがやっとわかりました。


情動だけを描くのは、そんなに難しいことではありません。アリストテレスが書いた『詩学』には、物語を構成する要素が説かれています。情動だけを描いたストーリーの作り方は、この紀元前300年以上前の書物ですでに解明されているのです。


では、感情を描けるようになるにはどうしたらいいのでしょう。次回の「企画のおすそわけ」では、感情に対する感度を上げるために必要なアプローチをご紹介したいと思います。



聞き手・構成/佐藤智 @sato1119tomo&コルクラボライターチーム

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