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シャープさんさんの作品:打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか、あるいは一歩下がって見るか。

夏の進捗はいかがですか、 @SHARP_JP です。海に行きましたか。かき氷を食べましたか。花火大会に行きましたか。特に返事はいただかなくてけっこうです。私の夏は、進捗ダメです。たぶん、秋までダメです。


私の生まれ育った場所は古い土地のせいか、神社も寺もたくさんあって、おかげで祭りという行事に事欠かない子ども時代を送りました。だからお祭りと聞くと、小銭を握りしめて夜店めぐりという、夏らしい記憶が蘇るのですが、私の場合、その記憶はいつもあいまいな場所へ着地する。


ある年の夏祭りにとつぜん、ウナギを釣らせてやろうという露店が現れたのです。子どもの私は、その見慣れないスタイルの釣りに興味を惹かれ、なけなしの金をつぎ込んだ。金魚や鯉、あるいはスーパーボールをすくうことはあったものの、ぬらぬらして黒い、露店には似つかわしくない巨大な生物を釣る行為は、生まれてはじめてのことだ。案の定、私は失敗する。クネクネとうねり、あろうことかヌルヌルして掴めないウナギの感触だけを残して、その年の私の賭けはあっけなく終わった。


ぜったいに次は成功してやると、翌年の夏祭りからは並々ならぬ決意で臨むものの、あれ以来ウナギ釣りの露店は一度も見つけることができず、私は大人になってしまった。


ウナギが絶滅危惧種になろうとする現在では、まず考えられない商売だと思う。また仮に釣れたとして、そのウナギを私は飼おうとしたのか、それとも食べようとしたのか、自分のことながらさっぱりわからない。そうするうちに私は、その記憶がほんとうにあったことなのか、なにかのきっかけで捏造したものなのか、それすらよくわからなくなって、いつも不思議な気持ちになる。あれはなにか性的なメタファーによるファンタジーだった、とさえ思いそうになる。そんな夏の思い出。

おなじ花火を見てるのに(ちえむ 著)


わけのわからない私の夏祭りの思い出に、ちえむさんの甘酸っぱい作品を接続してしまって申し訳ないけど、たぶん作者も夏が来るたびに思い出す記憶をここで描かれたのだと思います。花火の日。親友の初デートに付き添う女の子の話。


告白された先輩の横でうれしそうに花火を見上げる親友の横顔を、さらに横から見る女の子。花火がはじまるまで、親友と先輩が夜店を巡る様子を後ろから眺めていたのだろう。その日の彼女はまるで、親友をドキュメントするカメラだ。いつもはふたりの世界でふたりが主役だったはずが、花火を境に、親友が被写体になってしまった。先輩と並んで先ゆく親友の背を見て、はじめて距離が生まれた。それは一心同体だった親友を、写真を撮るように客観視できた瞬間だったのかもしれない。


その時の彼女の気持ちを嫉妬と呼ぶのはたやすいけど、ほんとうはもう少し複雑な、ひとつの色で塗れる感情ではないはずだ。世界はふたりのためにあると思えるほど、彼女と親友はいっしょだった。自分と親友、お互いの自他が混じり合うような小さな世界に、もし亀裂を察知したら、まず芽生えるのは裏切られたという気持ちではないか。とりわけ思春期は自分が不安定ゆえに、外の世界へ踏み出す者に、元の世界でとどまる者は祝福の前に嫉妬を、嫉妬の前に別離を感じてしまう、特有の残酷さを抱えている。


花火の日に、彼女は自分の中にその残酷さを嗅ぎとったからこそ、見上げた花火がにじんで見えた。祝福の前に、悲しさと妬みが先んじてしまった。毎年夏にその記憶を思い出しながら大人になった作者は、かつての彼女の残酷さをそっとしまうように、だからモノクロで花火のコマを描いたのだ。そこに私は、苦い記憶に始末をつけるような、過去の自分への思いやりを見て取るのです。


それではみなさん、よい夏を。

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