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佐渡島 庸平(コルク代表)さんの作品:時代を象徴する大ヒット作品は、中心からズレた辺境から生まれる【ヒットは辺境から生まれる(1)】

常に時代をリードしていくヒット作品は、『辺境』から生まれるーー。


長年、編集者として様々な企画を考えるなかで、佐渡島さんが得たひとつの持論が、この考えです。


「その時代の中心にいて、声の大きい人たちを中心に描いた物語からは、ヒット作品は生まれない。一方、時代の中心から外れ、マイノリティと呼ばれるような人たちの声を代弁したかのような作品は、その時代を象徴するようなヒット作品となる」


多くの読者から支持される名作を生み出すには、「辺境から企画を考える」という思考の癖を持つことが大切だと佐渡島さんは言います。


そこで、今月の『企画のおすそ分け』では、「ヒットは辺境から生まれる」をテーマに、4週連続で佐渡島さんに語っていただきます。


1週目の今回は、「辺境からヒットが生まれる理由」です。


***


「物語」でないと届かない、辺境の人々の声

(以下、佐渡島さん)

今月のテーマは「ヒットは辺境から生まれる」です。


文学の歴史を紐解いてみても、辺境にいるマイノリティの人たちの心情を描いた作品が、結果的に時代を象徴するような作品になるケースが、非常に多く存在しています。


一方、その時代の社会やコミュニティの中で、中心にいる人たちを描いた物語で大傑作となった作品というのは、ほとんど目にしたことはありません。彼らが自分たちの意見や感情を伝えたい時は、簡潔にわかりやすい言葉にすれば、その社会で影響力を持った存在なので、簡単に多くの人に受け入れられるからです。


でも、その社会の中心からズレた存在だと言われてしまうマイノリティの人たちは、そのまま自分の思いを言葉で伝えたとしても、なかなか理解してもらえません。


そういう時に、「物語」という体裁で読み手の感情を揺り動かし、共感と共に自分たちの存在を社会に理解し、認めてもらうことが重要になってきます。


つまり、辺境にいる人たちの心情を届けるのに、「物語」という表現を使うのは、とても相性がいいんです。


また、常に時代を代表する物語の主人公というのは、たとえ中心コミュニティに属していたとしても、そこにうまく馴染めないアウトサイダーであることが多いです。


例えば、小説『ライ麦畑でつかまえて』の主人公のホールデン・コールフィールドもそうです。彼は、エスタブリッシュな学校にいますが、そこに馴染めずに、飛び出してしまいました。


逆に、学校生活を描いた作品で、そのスクールにうまく溶け込んでいて、クラスの中でリーダー的な存在が主人公という作品は、みたことがありません。


文学の歴史で紐解く、辺境の声を物語で描く価値

もう少し、文学作品の歴史をみていきましょう。


社会におけるマイノリティの心情を描くことを考えると、「女性」は日本の文学の歴史のなかで、常にマイノリティな存在として描かれて続けてきた対象でした。


例えば、女性に参政権が与えられているのは、今でこそ当たり前ですが、歴史的にはつい最近のことです。戦前に女性の参政権を求めて運動した女性活動家たちは、当時の社会からみるとマイノリティな存在でした。その人達の心情を描いた文学を、平塚らいてうたちが社会に伝えていったのです。


また、以前の社会では、「お見合い結婚」が当たり前の状態で、「自由恋愛」をすると周りから奇異の目で見られていました。そんな時代においては、自由恋愛する女性の感覚自体がマイノリティとなり、その感情を繊細に描く物語が多く登場しました。


そして、平成に入ると、女性の社会進出が進み、働く女性が増えますが、それでも会社組織の中では女性がマイノリティな存在である状態が続きました。そこで、働く女性たちの声を代弁した物語が平成には多く登場します。僕が関わっていた『働きマン』もそのひとつです。


政治への参加、恋愛観の自由、働き方の自由…と、この約100年間でマイノリティとしての女性の物語は、女性の権利が広がるとともに、かなり掘り尽くされていました。現在では、そこから更に細分化された女性の心情を描く物語が登場しています。


一方、アメリカの文学であれば、「黒人」がマイノリティな存在として、文学で描かれて続けてきた対象でした。


公民権運動が盛んな時期は、解放運動の中心にいる人々の心情を描いた物語が多く描かれました。


でも、現在では、黒人の違う葛藤や困難を描いた物語が多く登場しています。例えば、白人社会の中で黒人が働くことであったり、白人と黒人のチームプレーといったテーマの作品が増えています。


そして、近年では新しいマイノリティとして、「LGBT」をテーマとした作品が多く登場しています。


アカデミー賞を受賞した『ミルク』という作品も、ゲイの活動家の人がどのようにLGBTの人たちの権利を担保したのかという物語です。レインボーパレードが毎年規模が拡大す流ように、LGBTの人たちへの理解も以前と比べると進み、LGBTをテーマにすること自体は物語の辺境ではなくなってきました。


でも、これも女性や黒人と同様に、LGBTについての細分化されたテーマは辺境でありえて、LGBTの人たちの社会進出とともに登場する新しい感情を描くことは文学に求められるはずです。


現在、僕は乙武洋匡さんが執筆中の小説『ひげとナプキン』を編集者として手伝っていますが、これはLGBTの人たちの恋愛と出産の物語で、まさに新しい感情だと思います。


このように、辺境にいる人々の心情を物語として社会に届け、社会全体の価値観を揺り動かしていったことは、これまでの歴史が証明しています。


辺境は、作品を強く応援する読者を生み出す

そして、辺境の人々の心情を描いた作品が、社会的にヒットする大きな理由があります。


それは、その辺境にいる人々が、「こんなに自分たちの感情をわかってくれる作品はない」と歓迎し、その作品を自ら進んで広めてくれるからです。


例えば、辺境というと、職業人口の少ない職業も辺境のひとつであり、漫画『宇宙兄弟』で描いた宇宙飛行士や宇宙関連の人たちは、まさに辺境にいる人々です。


宇宙兄弟は、JAXAや宇宙飛行士の人たちに、すごく応援してもらっています。そこには、宇宙兄弟という作品が社会に広まると、自分たちの職業が広く理解され、宇宙関連事業への投資が広がるはずという願いもあるはずです。


作品を強く応援してくれる読者が存在するというのは、作品がヒットするうえで、とても重要です。


だから、僕は企画を考えるときには、「こういう人たちから歓迎される作品にしたい」と、その辺境にいる人たちのことを想像するようにしています。


・・・


今週は、辺境からヒットが生まれる理由を話してきましたが、その理由が理解できたでしょうか?


次回からは、「どうやって辺境を探すのか」という、具体的な企画の考え方について話をしていきたいと思います。


(翌週へ、続く)

聞き手・構成/井手桂司 @kei4ide &コルクラボライターチーム

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