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佐渡島 庸平(コルク代表)さんの作品:感情を雑に捉えない!心の機微を捉えるために大切なことは?【リアリティを生み出す③】

リアリティが乏しいと、作品へのツッコミどころが多くなってしまい、物語の世界に没入することを妨げてしまいます。


フィクションの創作に携わる人であれば、リアリティをどう作品に生み出すかは永遠のテーマなのではないでしょうか?


そこで、今月の『企画のおすそ分け』では、「リアリティに生み出す」をテーマに話をしていきます。


3週目となる今回は、「リアリティのある感情の描き方」です。


***


個別の感情の変化を、いかに自然に描けるか

(以下、佐渡島さん)


僕が新人賞などの審査や、新人の人からの持ち込みのマンガを読んで、「いまいちリアリティがないなぁ…」と感じる時に往々にして多いのが、登場人物の感情の起伏が激しくなりすぎていることです。


深く悲しんでいたり、心配してドキドキしていた主人公が、とある出来事によって、急に大喜びしている状態に変わる。


物語の流れにより人物の感情が変わっていくのは自然なことですが、その落差があまりにも激しいと、そこに違和感を覚えます。


この違和感の理由をうまく言語化が難しいのですが、人の感情が大きく揺れ動く時には、その変化する感情の狭間に、もうひとつの別の感情が存在するのではないかと思います。


例えば、悲しいから、嬉しいに変わる時には、その手前に、驚きや困惑といった感情があって、そこから徐々に喜びに変わっていくほうが自然ではないでしょうか。感情の変化をいかに自然に描けるか。心の機微をうまく捉えることが大切なのです。


また、感情を描く時に気をつけたいのが、感情を出来事に紐づかせないことです。


例えば、大学受験に合格した場面を描く時に、多くの新人マンガ家は嬉しい表情を描いてしまいます。なぜなら、受験に合格するということは、一般的には嬉しいことだからです。


でも、実は大学に合格すると遠距離恋愛になってしまう恋人がいる人物だったらどうでしょうか? その恋人が大学合格を望んでいないとしたら? 合格に対して嬉しい感情はあるものの、それ以外の感情もくすぶっているはずです。


物語とは個別の感情表現を描くものです。受験合格とは嬉しいものという、一般的な解釈に紐づけて感情を描いてしまうと、個別の感情を描くことができなくなり、それによりリアリティを損ねてしまいます。


出来事に紐づけて登場人物の感情を描くのではなく、「この人物であれば、この出来事に対して、こういう感情を抱くはずだ」と、キャラクターを中心に描くべき感情を捉えてもらいたいと思います。


作家は、自分の感情の観察具合を高めることが大切

リアリティのある感情を描くというと、やっぱり『宇宙兄弟』の作者の小山さんは上手いと思います。


小山さんの感情の描き方が特に上手いと思ったのは、主人公のムッタが、自分が宇宙飛行士になることを実感するシーンです。


僕は連載当初、ムッタが小さい頃からの夢である宇宙飛行士の試験に合格する瞬間が、物語が最高に盛り上がる瞬間だと思っていました。


でも、そのシーンは、そこまで感動的に描かれてはいないんです。ムッタが公園に呼び出されて、JAXA職員の星加さんから合格を告げられます。悪いシーンではないのですが、ふたりが握手している下を子供が三輪車でくぐったり、ほのぼのとした雰囲気も流れています。「よかったなぁ、ムッタ」と、読者が一緒に泣ける感じではないんです。



(C) 小山宙哉/講談社 


ムッタ自身も嬉しいんでしょうが、合格したことをうまく実感できていません。


そんなムッタが、自分が宇宙飛行士になることを強く実感するのが、一緒に選抜試験を受けた仲間からのメールを読んだ瞬間です。読者も、選抜試験でどういう時間を彼らが過ごしてきたかを知っているので、ムッタ同様にメールの内容が心に響いたことでしょう。





(C) 小山宙哉/講談社 


実は、この感情の描き方は、小山さんの過去の体験がもとになっています


小山さんが『モーニング』の新人賞を受賞した時、受賞報告の電話をもらっても、自分がプロの漫画家になることを実感できず、その喜びを噛み締めきれなかったそうです。


後日、僕から小山さんに担当編集になる旨を告げるメールをしました。井上雄彦先生とツジトモ先生を担当している編集者だと告げたら、小山さんは「自分が尊敬しているふたりの漫画家を担当している人が担当してくれるなんて…。俺は本当にプロの漫画家になれるんだ!」と実感したそうで、そこからジワジワと喜びと興奮が高まってきたのだそうです。


そんな自分の過去の感情とムッタを重ねて描いたのが、このシーンなのです。


僕は、小山さんの作家として自分の感情の観察具合が素晴らしいと思いました。


様々な漫画が試験ものを描いていますが、合格した瞬間を最大の喜びにしていない漫画は、あまり見たことがありません。出来事に紐づけて登場人物の感情を描いてはいけないと言いましたが、まさに、この小山さんの描き方はキャラクターを軸に、感情の機微を描いた良いケースです。


リアリティのある感情を描けるようになるためには、自分の感情を深く観察し、感情に関する知識の引き出しを増やすことが大切なのだと思います。


(翌週へ、続く)


聞き手・構成/井手桂司 @kei4ide &コルクラボライターチーム

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