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シャープさんさんの作品:春が変わってしまった

季節は繰り返すものだと思っていました。@SHARP_JPです。今年は違った。今年の春は、なにもかもが違った。「あと何回桜を見られるだろう」とは安いドラマで使われる、人の不遇さや儚さを表すセリフだけど、多くの人にとって、今年は違った意味合いを帯びているだろう。


私は内向のベテランなので、桜が咲けば場所取りをして大勢で花見に繰り出すタイプではないけれど、それでもやっぱり、桜の花を下から見上げながら缶ビールの1本くらいは飲んだりする。通りがかった桜が見事に咲き誇っていれば、スマホで写真を撮ったりする。なんならツイートだってしてしまう。春が来て、桜が咲けばうれしくなるし、桜があれば近くに寄って見る。私にとっての春は、そういうものだった。毎年、そうだった。


でも今年は違った。桜の下でビールも、ストロングゼロも1本たりとも飲んでいない。それどころか、桜の近くにすら寄っていない。家のベランダからかろうじて見える桜を、ぼんやりと上から眺めるばかりだ。桜の写真は撮ったけど、なんとなく気が乗らなくて、アップはしていない。


もちろん何人たりとも、自分があと何回桜を見られるかなど、わかるはずもない。わかるはずもないけど、少なくとも来年の桜は今年と同じ愛で方ができると、疑いもなく思っていたはずだ。だけどそれは根拠のない思い込みだった。桜は、心理的はおろか、物理的にも遠い花になってしまった。春も桜も、繰り返すものではなかった。夏も秋も冬も、繰り返さないつもりなのかもしれない。


今年は一人(小柳かおり 著)

今年の桜があまりにも違ったことは、この小柳かおりさんのマンガにも描かれる。みんな、それぞれの住処で「去年と同じ桜がよかった」と言いたくなるのを、ぐっとこらえているのだろう。


ただここで、はたと気づいたことがある。「今年の春は違った」も「桜が変わってしまった」も正確な表現ではない。マンガの冒頭に使用された満開の桜だって、葉桜に変わりゆく桜だって、その営み自体はなんら不変なものだ。桜は去年と同じように咲き、同じように散る。同じ営みを続ける桜に、近づくことも、集まることもできなくなったのは、われわれの方だ。


正確に言えば、去年と今年でまったく変わってしまったのは、私たちと桜との間に横たわる空気だ。われわれをとりまく空気が見えないままに、様変わりしてしまった。そして私たちの気持ちのありようもすっかり変わらざるをえなかった。そう考えると私は、ほんとうに空恐ろしくなる。

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