前回は、『ケシゴムライフ』を例にとり、ポエティック(詩的)な描写の生まれる要素を見ていった。
編集者として多くの漫画を読んできた佐渡島庸平さんは、詩は漫画家が人生をかけて向き合う命題から生まれていると語る。
羽賀翔一さんの場合は、『ケシゴムライフ』『ダムの日』『漫画 君たちはどう生きるか』の3作品に通底する“問い”から詩が生まれているという。今回は3作品を見渡して、漫画を描く姿勢を考えていこう。
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◆幹と枝の関係性
羽賀翔一さんの『ケシゴムライフ』『ダムの日』『漫画 君たちはどう生きるか』の3作品を読んでいると、通底する“自身の命題”のようなものがあることに気づきます。
「自分は本当にいい人間なんだろうか。それとも、偽善者なんだろうか」
「自分は強い人間なのだろうか」
「街やモノ、すべては生きているのではないか」
そんな問いが形を変えて、作品の中に現れ続けています。
例えば、『ケシゴムライフ』ではケシゴムや郵便受けが生命体のように主人公に語りかけてきます。
『ダムの日』では、「この街全体が大きな生き物だったとしたら土木の仕事って手術みたいなものなんだね」というシーンがある。
そして、『漫画 君たちはどう生きるか』では、「ここから見ていると豆粒みたいに人が小さく見えるね」「ああそうね。分子みたいにちっぽけだ」「本当に人は分子なのかな」と、人とモノの区別が曖昧になる表現をしている。
■ケシゴムが話しかけてくる
主人公やエピソードが変わっても、問い直し続けて、自分で理解を深めていっているのです。
作品には、幹と枝があります。
自分が大切にする問いや命題は、幹となるもの。そこからポエティックな描写が枝として表出していきます。
前回は詩的な表現が読者を魅了するとお伝えしましたが、この幹がないままに枝となる描写ばかり重ねても散文的になってしまう可能性が多分にある。
“何を伝えんとしているのか”、たどり着く先を見定めて、上手にポエティックな表現を使っていくことが作品には求められるのです。
◆必要なのは自身の問いに向き合い続けること
作品の幹をどうしたら浮き彫りにできるのか。それには、自分が持っている疑問や価値観に向き合い続ける必要があります。
「人気の漫画家になるには、どんどん新しいテーマを発掘していかなければいけない」と思いがちですが、そんなことはない。
お題を新しいことにすげ替えていくよりも、自分が繰り返し考えてしまうことに丁寧に向き合う姿勢こそ、漫画家には必要です。
漫画を描こうとしている人は、新たな発想が浮かばない自分の才能を疑い、「自分以外の何者かにならなければいけない」という気持ちに度々苛まれます。しかし、大切にすべきは自分の中にある価値観。
漫画を描く人には、それに早く気づいてほしいと思っています。
例えば、『漫画 君たちはどう生きるか』がなぜヒットしたか?
それは原作がよかったということ以上に、羽賀さんの問いが作品と重なってありありと浮かび上がったからだと僕は分析しています。
編集者の僕の仕事は、漫画家の持っている疑問や価値観を浮き彫りにするお手伝いすること。
羽賀さんの『ケシゴムライフ』『ダムの日』『漫画 君たちはどう生きるか』の3作品のつながりを見ていると、羽賀さんという人間を知ることができ、そして好きになる。それだけ、漫画は作者の心を映し出している。
一人の作家の作品を続けて読むことで、その作家の抱く命題が見えてきます。漫画を描こうと思っている人は、ぜひそういう読み方をしてみてください。
◆描くべき自分の幹を見つけるには?
「自身の描くべき幹が見えていない」という人も少なくないのではないかと思います。
幹を見つけるヒントのひとつは、幼少期のことを振り返ること。子どもの頃は、感情が強く動くので自分自身の心にある問いに気付きやすいのです。
羽賀さんにも『ケシゴムライフ』を描く際に、子どもの頃を思い出をとことん振り返ってもらいました。
もうひとつのヒントは、自分の感情を正視すること。
世の中の感情の多くが、食欲や性欲など動物的な欲望に紐づいています。しかしその一方で、“動物的欲望の外の感情”を人は持っています。漫画を描こうと思うならば、そこを丁寧に見つめるのです。
そして、この感情は自分だけが感じている独自性のあるものなのか、みんなが感じていることなのかを把握できれば、 “自分ならではの幹”を見出していくことができる。
漫画を描く人にはオリジナルの幹を見つけて、作品を通して読者に問いかけ続けてほしいと思っています。
聞き手・構成/佐藤智@sato1119tomo & コルクラボライターチーム
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