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シャープさんさんの作品:おもてなしの現在

語学以前に、言語がおぼつかない@SHARP_JPです。唐突だが、大阪の環状線の話をしてもいいだろうか。大阪の環状線は環状線ではないという、関西にお住まいの方なら、おなじみの話だ。


大阪の環状線は環状ではない。環状線を走る電車には、内回りと外回り、そして円環に敷かれたレールをドロップアウトする不良の3種類が存在する。しかもループを拒否する血気盛んな者は2人。空港へ向かい海外を目指す系と、古都へ向かうしっとり地元系、対照的な2タイプが混在するのだ。


つまり、大阪の環状線は油断ならない。どれに乗ろうが、いずれは目的の駅に着くという、あの安心感がないのだ。深く考えずにやって来た電車に乗ると、いつしか円環の軌道を飛び出し、はるか遠くへその身を放り投げられるはめになる。ここを読む大多数の首都圏に住む人なら、山手線に乗ったつもりが街の中心を外れ、いつの間にか成田に向かっている、あるいは鎌倉へずんずん進んでいる、そんな場合があるといえば実感してもらえるだろうか。とにかく大阪の環状線は気が気でないのだ。たいへんおそろしい路線なのである。


ただそんなローカルな電車事情も、慣れればいずれ懸念は矮小化する。しかし環状線がはらむ問題について、私が言いたいのはそこではない。とにかく環状線の駅をふだん使いしていると、外国から来た観光の人たちから、駅や電車について尋ねられることがまことに、まことに多いのだ。


ループラインと書かれているのに、ループしない電車がある。ましてや大阪を外れ、他県へ行く路線だ。あまつさえ国際線の発着する空港へ向かう電車も混在する。旅行の帰途だとすれば、乗り間違うわけにはいかない。その不安は想像するに余りある。そして私はきょうもまた、通勤途中の駅や電車で不安そうに尋ねられるのだ。「コノデンシャ、タダシイデスカ?」と。ツーリストにとって、環状線はあまりに難しい。


うぇるかむとぅーまいじゃぱん(tokei著)


よく道を尋ねられる人はたしかにいる。私は迷う人が物理的に多い駅を利用するから、尋ねられる確率も上がるわけで、よく道を尋ねられるタイプではない。どこにいても道を尋ねられる人はやっぱり、どこか優しい空気をまとった人なのだろう。優しい空気といっても、朗らかで明るい人のそれではなく、人との距離を測りかねるあまり、コミュニケーションが慎重になってしまう人が持つ、どこかおずおずとした雰囲気と言う方がふさわしいかもしれない。


それはこの作品を読めばよくわかる。どこかコミュニケーションに億劫ゆえに、人の困った様子や事情を観察できる。それは他者への想像力であり、思いやりだろう。その奥手な優しさが海外からの旅行者に触れる時こそ、私たちが言うところのおもてなしが発揮される瞬間ではないか。声高に喧伝するおもてなしもいいけど、私はマンガの彼女のような、弱々しいけど等身大なおもてなしに、胸を張ってグッジョブと言いたい。


それにしても。私たちの日常から、海外からのお客さんが消えてしまった。もうしばらくは、道を尋ねられることなど起こりえないのだろう。旅行が消滅してしまった世界。もし、いまこの世界をくぐり抜けることができて、いつかまた駅や電車の行き先を尋ねられることがあれば、その時は私も「ウェルカム トゥー マイ ジャパン」と、国を等身大にして、小声で付け加えたい。そう願っているのです。

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